例え魔法がなくたって

昔々あるところに、一人の娘がおりました。

その娘はシンデレラと呼ばれ「シンデレラ!シンデレラ!暖炉の灰の掃除が出来てないわよ!」

「はいお母さま!」

「シンデレラ!シンデレラ!早くしなさいよこのウスノロ!このままじゃお茶会に遅れちゃうわ!」

「はいお姉さま!」

「シンデレラ!シンデレラ!このスープ温いわよ!シェフに温め直すよう命令しなさい!」

「はいお姉さま!」

…とまあ人の話を遮るくらいに、継母と継母の連れ子である二人の姉にこき使われていました。

シンデレラの父親は優しい人でしたが、病気で既に儚くなり、屋敷の実権は、継母が握っていたのです。

そして継母とその連れ子たちはやりたい放題!自分たちより美しいシンデレラにつらく当たる、気に入らないメイドや屋敷に使える使用人に暇を出す、シンデレラの父親が遺していた財産もシンデレラに配分されることはありませんでした。

その結果、屋敷で働く使用人は必要最低限となり、足りない働き手を全てシンデレラが補うのが、屋敷の日常となりました。

そんな中、ある話がシンデレラの耳に飛び込んできました。

なんとお城で舞踏会が開かれるというのです。

シンデレラは、その舞踏会に行きたいと継母たちに申し出ましたが…

「なんて我儘を言うんだいこの子は!あんたは暖炉の掃除をするんだよ!」

「そうよ!そうよ!」

「アンタにはそれがお似合いよ!」

それだけ言って、美しく着飾った継母たちは馬車に乗って、お城に行ってしまいました。

シンデレラは、泣き出したい気分になりましたが、継母たちが帰ってくる前に暖炉の掃除を終わらせなければ、継母に頬を叩かれてしまいます。

急いで掃除に行こうとしたら、ドンドンドンっ!と誰かが玄関を叩きました。

「お母さまかしら?」

継母たちが忘れ物をしたと思って、シンデレラがドアを開けると、そこには大勢の人たちがおりました。

「あら?皆さん、どうしてここに?」

そこにいたのは、父親がいた頃から屋敷に仕えていたものの、継母に暇を出された使用人たちや、いつも継母たちのドレスを作る仕立て屋、ネックレスや指輪を売る商人、他にも屋敷に関わる大勢の人たちが、玄関の前に立っていたのです。

「お久しぶりです。お嬢様」

一人の人物が、スッと前に出てきました。

その人物は、かつてシンデレラの屋敷で執事長をしていた老人でした。

「久しぶりですね…ですが、何故ここに?」

「もしやと思い、皆で確認に来たのですが、やはりあの継母は、お嬢様を連れて行かなかったのですね…」

老人は忌々し気に顔を歪め、シンデレラに問いました。

「お嬢様、舞踏会に行きたくありませんか?」

「舞踏会…行きたいのですが、私はこれから、暖炉の掃除をしなければならないのです。それにドレスも何もかも私のものは無くて…」

「それでしたら、今一度、私たちに任せていただけませんか?」

「え?」

「ここにいる者たちは皆、旦那様と奥様、お嬢様に世話になったものばかりです。そして、お嬢様の行く末を憂う者でもあります。このままでは、お嬢様に幸せな未来が訪れないと」

「だからみんな、恩返しがしたくて、ここに集まったんです!」

かつてシンデレラの実母に仕えていたメイドが、張り裂けそうな声でシンデレラに言いました。

「皆さん…私は、舞踏会に行ってもいいのですか?」

シンデレラの声が、泣き出しそうに震えます。

「ええ。でもその前に、身だしなみを整えなければいけませんね」

老人が指を鳴らすと、かつてメイドとして仕えた者たちが、シンデレラを湯浴みに連れて行きました。

その間に、他の者たちは屋敷の掃除、庭の手入れ、ドレスの準備も整えていきました。


シンデレラを助けたのは、魔法使いでも、妖精でもありませんでした。

人徳。シンデレラの実父と実母、そしてシンデレラ本人たちが築き上げたそれがシンデレラを助けたのです。


美しく着飾ったシンデレラは、かつて仕えていた御者が引く真っ白な馬車に揺られながら、舞踏会に出かけていきました。

「…これで準備は終わったわけだが、本当にうまくいくのか?男女の駆け引きというものにどうも私は疎くてな…」

老人が、メイドだったものの一人に声をかけました。

「大丈夫ですよ!きっとうまくいきます!」

「遅れて登場することで印象付け、他の貴族の娘のような高慢さなどがないお嬢様に王子が惹かれ、同じくお嬢様も王子に惹かれる。そして午前零時になる前に舞踏会から屋敷にお戻りになり、その際履いていたあの硝子の靴を片方、置いて行くことで王子がお嬢様にたどり着けるようになると…しかし、靴を決め手にするのは危険ではないのか?」

「それについては大丈夫ですぜ」

今もシンデレラの継母に仕える靴職人が、誇らしげに胸をそらします。

「ちゃんとした靴を履かないと、しっかり仕事がこなせなくなるッてあの女に進言して、毎年お嬢の足を採寸してたから、しっかりお嬢しか履けない靴を作りました」

「ならば、いけると信じよう」

老人が、お城の方角を見て、祈るように目を瞑りました。

どうか、シンデレラお嬢様に幸せな未来が訪れますようにと。



それからの話は、語るまでもないだろう。

今、結婚式を挙げた王子と、その結婚相手がパレードで町の中を一周していた。

国民は皆、王子とその結婚相手を一目見て、祝おうとしていた。

その国民の中にちらほらと結婚相手と縁のある者たちがいて、結婚相手を祝福していた。

そして、結婚相手のシンデレラは、王子様と一緒に幸せに暮らしましたとさ。

めでたし、めでたし。…と」

ある高い家の屋根の上で、一人の老婆が座りながら、眼下のパレードを見下ろしていた。

そして、本に書いていたこれまでの事と、これからの展望を書き終えて、本を閉じた。

王子の横にいるシンデレラはとても、幸せそうに微笑んでいる。

それを見て、老婆は良かったと、心の底から思いました。

ですが…

「やっぱり私も関わりたかったなぁー…」

と、シンデレラを助けようとしたのが数十秒遅くなってしまった結果、出番を奪われた魔法使いは青空の下、煩悶していましたとさ。

【完】