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ザ・ストーム・アンド・カーネイジ・インサイド・マイ・ヘッド#1

とかく、この街は生きづらい。ケンゴは、頭から突っ込んだゴミ捨て場の、生ゴミの汁を啜ったコンクリートの不快な冷たさを、殴られ灼熱のような熱を帯びた頬で感じながらそう考える。道理を通した覚えも、情けを賭けた覚えもないが。

「気取った本を読みやがって!」割れた眼鏡越しの歪んだ視界。そこでは筋骨隆々の日焼けしたジョックがケンゴのカバンをひっくり返し、中の本や筆記用具をゴミの上にぶちまけていた。その傍ではジョックの取り巻きが囃し立て、奥で遠巻きに見つめる学生たち。

立ち上がろうとするも、それに気づいたジョックが胸元に足を乗せ、ギリギリと体重をかける。「ケンゴ=サン、何調子に乗っちゃってるわけ?」嗜虐的に白い歯を覗かせ、爪先でケンゴの顎を持ち上げる。

「何俺より成績がいいわけ?なんでハイスクールでゴミみたいな生き方しかできないカスが俺より評価されてるわけ?」「…ッ」口を開こうにも、顎を押し上げられ開けない。「そんなヤツがどうして、俺と同じ大学に存在してるわけ?生きてるわけ?」

「そーだそーだ!」「キンジロ=サンはラグビー部のエースなんだぜ!」取り巻きがジョックの男、キンジロを誉め立てる。キンジロは得意満面な笑みを浮かべる。よく学び、よく動き、よくファックする。模範的、退廃的のラインを行ったり来たりするのがキンジロという学生だ。

「なあ、退学しろよ。ケンゴ=サン?お前にはこの大学は合わないって!」諭すような言葉が降り注ぐ。「そこらへんの三流のマケグミが通うような大学がお似合いだって!」カチグミの座から転げ落ちろと命令する。「ちょっと!なにしてるの!」

遠目に見ていただけに野次馬を掻き分け、黒髪の女性がケンゴたちへと駆け寄る。その胸は豊満だった。「ゲ、委員長かよ」先ほどまで嗜虐的な笑みを浮かべていたキンジロは、その女性を見た途端笑みを引っ込めケンゴに載せていた足をどかした。

「キンジロ=サン!またケンゴ=サンにちょっかいをかけて!」委員長と呼ばれた女性は怒りを露わにし、キンジロに詰め寄る。「なあに。ケンゴ=サンの人生相談を受けてただけよ。俺、経営学の一環で心理カウンセリングの講義も選んでるから」

「それで学んだ手法で女の子をいいように弄んでるって言われてるのを知らないの!?」「オイオイ、そんな噂にカッカしないでくれよ」キンジロは興味が無いと言わんばかりに肩をすくめ、その場から立ち去ろうと歩き出す。「ちょっと!」女性が肩を掴もうとすると、間に入って人物に阻まれた。

「キャア!キンジロ=サンおはよう!」「ねえ!今度新しく上映する映画を一緒に見に行きましょ!ネ!」カラフルな髪をした女性たちがキンジロの周りを取り囲む。彼女たちはチアリーディング部やラグビー部のマネージャーなど、キンジロと深い関わりのある女性たちだった。

「ああ!順番に、な」キンジロは女性たちの胸元や臀部に手を這わせながら、そこから立ち去ってしまった。取り巻きも、女性を鼻で笑い後を追う。「あんな不埒な男のどこが…そうだ!ケンゴ=サン!」女性は、ようやく解放され立ち上がろうとするケンゴを介抱するため、肩を貸したのだった。

◆◆◆

「つっ!」消毒液の沁みる痛みに、ケンゴは顔をしかめた。「痛かった?ごめんね」ガーゼで傷口を消毒する女性は心配そうに顔をのぞき込む。「…いや、大丈夫だよ。ミカミ=サン」ケンゴが女性、ミカミにそう言うと彼女は安心したように、ほっと一息ついた。

二人は大学の一角のベンチに腰掛け、ミカミは持っていた絆創膏や消毒液でケンゴの治療をしていた。「まったく…キンジロ=サンはどうして昔からケンゴ=サンをああも付け狙うのかしら…」ミカミはブツブツとつぶやきながら手を動かし続ける。

ケンゴとミカミ、キンジロの三人は同じハイスクールの出身だ。キンジロはその頃から何故か、今回のようにケンゴを虐げ続けていた。理由は知らないし、そもそも理由なんて存在かもしれない。そして、ミカミはハイスクール時代に学級委員長を務めていた縁で、ケンゴの問題に関わり続けていた。

「はい、おしまい」パンパンと手を叩き、ミカミは消毒液を仕舞う。「怪我の治療はしたけど、体の汚れはシャワーを浴びて。それと、汚れた本とか筆記用具は」「そこまで言われなくても分かってるよ。ミカミ=サン」「おーい!ミカミ=サン!」

遠方からミカミを呼ぶ声。健康的に焼けた肌に爽やかな笑み。絵に描いたような好青年が、ケンゴに目もくれずミカミの傍へと駆け寄る。そしてようやく視界の端にケンゴを収めると、ミカミに気づかれない数舜ゴミを見る目をケンゴに向けた。

「イジ=サン。野球部の活動は?」「グラウンドの整備で使えなくて、各々が自分の判断でトレーニングしろってコーチの命令さ。だからこうして、君とデートしに来たわけさ」「もう、答えになってないわ」二人の男女は、甘い雰囲気を漂わせる。「ところで、ケンゴ=サン。またなのか」

イジはケンゴを見下ろしながら問う。「またキンジロ=サンのいいようにやられたのか」先ほどの穏やかな口調が、苛立ったものへと変わる。「むやみやたら虐げてくるキンジロ=サンに責があるのは当たり前だが、やられるだけやられてミカミ=サンに助けられっぱなしの君にも責任はあるんだぞ!」

「ちょっと!言いすぎよ!」「だが、彼も男ならやられっぱなしではいられないプライドがあるはずだ!」ミカミはイジの言い分からケンゴを守ろうとする。「…ッ。もう大丈夫だ。帰ってシャワーを浴びてくる」ケンゴは立ち上がり、その場を去るべく歩き出す。

「本当に大丈夫かしら…」「ミカミ=サンもケンゴ=サンを少しは信じるべきだよ」イジはミカミへエスコートするように手を差し出す。彼女はそれに応じ、イジと歩調を合わせ歩き出した。ミカミの腰に手を回し、イジはケンゴの背を見た。

数秒、唾を吐き捨てたい気持ちに駆られたが、横に今の恋人がいることを思い出し、どうでもいいとミカミにどこへデートするかを相談することにした。もう、どうでもいい男のことなど頭になかった。

◆◆◆

「タダイマ」薄暗い玄関にケンゴの声が木霊する。玄関に靴はない。父は会社に。母は今頃ママ友という名のマケグミの女たちを取り巻きに優雅にティータイムか。ケンゴにはその姿がありありと目に浮かんだ。

靴を乱雑に履き捨てシャワー室に。汚れた衣服を洗濯機に突っ込みシャワーのハンドルを全開、頭から熱い湯を浴びる。冷えた全身に心地よい熱が広がり、それと共に堪えようのない憤怒が騒めき出す。衝動が行動となるのに数秒もかからなかった。

「フーッ!フーッ!フーッ!」声にならぬ怒りが口から洩れ、風呂場の壁面を何度も殴りつける。殴りつけた振動で壁面に吸盤で張り付けられたタオルが落ちるが気にもしない。一分。ケンゴの内から湧き出す衝動が収まるまでにそれだけの時間がかかった。

…カーテンの閉め切った部屋、その窓際に置かれたベッドにケンゴは倒れた。食欲もない。何もする気が起きない。眼を閉じ、思い浮かべるはキンジロに絡まれた時の事。

あれは、全力を出さなかっただけの事。本当の自分なら、キンジロ如き数秒であの無駄にホワイトニングした歯をへし折り地獄を見せてやれる。囃し立てることしかできない取り巻きどもも。

ケンゴの意識はさらに深いところへと沈んでゆく。そこでなら、頭の中でなら、全てが自由で思い通りだから。ありとあらゆる暴力を行使する権利も、万象をひれ伏せさせる叡智も、万雷の喝采を伴う称賛も。素晴らしき己の手の中なのだから。

◆◆◆

「やっぱりあの女は気に食わねえ!」筐体の上に置かれた銀色の灰皿に乱雑に煙草の吸殻が突き刺さった。キンジロは「◆敗北な」と書かれた画面を見ながら舌打ちをする。「ですがキンジロ=サン…」「あの女、教授たちからの覚えもいいですよ?」取り巻き達はおずおずと進言した。

「わかってる!ケンゴのカスと違って委員長は一筋縄じゃ行かねえってのは!」人付き合いの悪いケンゴと違い、ミカミは悪評を垂れ流そうとも回りが否定し、その上交際相手は野球部のエース。潰し方を考える必要がある。

「なら、やり方は一つしかねえな…」キンジロは舌なめずりをする。ファックして、撮影し、それをネタに弄ぶ。それが続けば、ミカミは大学から去ることになり、残るケンゴはゆっくり調理するだけだ。取り巻き達も、キンジロが何をするつもりか理解し、下衆の笑みを浮かべる。

ALAS!このままでは何の罪もない女性が哀れなる最後を迎え∽∽∽バカどもが間抜け面を晒して呼吸していられるのも今日が最後だ。

俺は、手押しのガラスドアを押し開け、音と光の濁流の中にエントリーした。数度通い、ある程度はどこに何があるかを知っている。見渡さずとも、キンジロどもがいる場所は理解していた。「よう」キンジロたちの頭上から声をかけ、キンジロが立ち上がる前に後頭部を掴む。

「イヤーッ!」「グワーッ!」キンジロの顔面を筐体の画面に叩きつける。「イヤーッ!」「グワーッ!」キンジロの顔面は画面の破片で血塗れだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」キンジロの万札をつぎ込んで、無駄にホワイトニングしただろう歯が折れた。

「イヤーッ!」「アババババーッ!」キンジロの顔面を更に強く叩きつけ、筐体の電流が顔面を焼き焦がす薫香を胸一杯に吸い込む。死にかけのキンジロから手を離し、周囲で腰を抜かし失禁しているキンギョの糞どもを見下ろす。「アイエエエ!?」「ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

「イヤーッ!」取り巻きの一人目掛け、チョップを振り下ろす。肩から肉を引き裂き、骨を砕き、臓器を抉る心地よい感覚に目を細める。「アイエエエ!アイエエエ!アイエエエ!」飛び散った血と壁の破片を全身に浴びた生き残りが泣き叫ぶ。

「アイエエ!発狂マニアック!」周りの客どもが騒ぎ立て逃げ惑い、奥からサスマタを持ち出した店員。「ウルサイ」腕を軽く一振りすると、辺りの奴らは一様に頭と体が泣き別れし、血が噴出し降りかかる。

「アイエエエ!アイエエエ!アイッ!」泣き叫ぶキンジロの取り巻きの頭を両手で掴み、卵を割るように開いてやった。吹き出す血を浴びた俺は、たまらなくなり、笑いだしてしまった。「ハッハハハハハ!」ああ、暴力とはなんと甘美なのかと。

生きているものが誰一人いなくなったゲームセンター。その床一面へと滴り落ちる血だまりを踏みしめ、思う。次は、ミカミだ。あの澄ました面をファックして、絶望と恐怖に歪ませてやる。そうすれ∽∽∽その時、壊れた筐体が火を噴き、人影は死体を焦がす炎の揺らめきと共に店内から姿を消した。

ザ・ストーム・アンド・カーネイジ・インサイド・マイ・ヘッド#1終わり。#2へ続く。