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Eat,eat,eat!
「オッ、見てくださいよキタジマさん」
埃が舞う廊下、そこで瓦礫の山を漁る旧式産業廃棄物処理サイボーグが声を上げた。サイボーグは瓦礫の山からぞんざいに取り出した金属板を金髪の少女に見せつける。
「あっ?なんだよ五式」
少女、キタジマはゴミと埃に塗れたそれを何とか見ようとする。サイボーグの五式は、自分の排熱口付近に一度金属板を持っていくと、排熱口から噴き出す風で金属板のゴミを吹き飛ばし、もう一度金属板をキタジマに見せつけた。
「ジャン!2066年に出るはずだった1万円札の原版!やっぱ印刷局はスカベンジでも出るもんが違いますねェ」
五式は眼を輝かせ──実際にひび割れた暗所作業用ライトを点灯しているが──持った原版をまじまじと見つめていた。だが、キタジマは興味なさげに視線を戻し、瓦礫の山を漁る作業に戻る。キタジマの流れた汗が、タンクトップへと吸い込まれる。
「チェッ、食べられないものに関しちゃトンと興味を失いますからねえキタジマさんは」
五式は調査用センサーで原版の彫り、図柄をメモリー領域に保存をすると、凹凸状の口を開け、原版を食べ始める。口内には、金属を裁断、咀嚼するための歯の代わりの破砕ローラー。ミシリミシリと原版は引きちぎられ、五式の胃に当たる廃棄物貯蔵用タンクに消えてゆく。
「…毎度お前の食っているものを見ると思うが、美味いのか?」
キタジマは手を止め、再び五式を見て怪訝そうな視線を向ける。
「なんつうんスかねェ…こう、文明的な味がするんスよ。グレイ・グーの残りカスの奴らみてぇな…粘土みてぇな味の無さと比べたら」
「まさに文明を食ってるわけだから、そりゃ文明的な味だろ…そんなもの食っても力がつくとは俺には到底思えねぇが」
原版を完食した五式は手を合わせ、ごちそうさまと小声で言った。すると、五式の尻の辺りの弁が開く。リサイクル不可能と判別された物質の塊が、ゴトンゴトンと音を立て排出された。
「おい五式。何度も言うがうら若き乙女の前で、いきなりクソ垂れるマネをするんじゃねえよ。オゲレツサイボーグめ」
「うら若きって…キタジマさん、80越えのジジイじゃないですか。しかもシモは何もないツンツルテぶぇ!」
キタジマの拳が、五式の頭部を殴りつけた。100Kgを優に超える鉄の塊、それが吹っ飛ぶ。五式の機体は曲がり角の壁をぶち破り、暗闇の中に消えた。
「何度ぶちのめしゃあ、お前のペラッペラな軽口は治るんだろうな。アッ?」
「アダダ…キタジマさーん、今のでいくつかセンサーがイカれたんスけど…あんの馬鹿力合法ロリ擬きジジイ…」
「聞こえてんぞ馬鹿サイボーグ」
五式の視界、ノイズまみれの映像に多量のエラー表示のポップが視界を覆い尽くす。自己診断プログラムを走らせるも、五式の脳にあるOSと、今現在使っているボディは相性が悪い。進捗バーは遅々として進まない。
その時、五式の顔にボタボタと粘液が落ちてきた。
「ん…?」
五式はとにかく、視界に関するエラーのみを集中的に解決し視界を確保。粘液の正体を探ろうとする。
確保された視界に見えるのは窓のない部屋。五式がぶつかって破壊された穴から差し込む陽光だけでは、全体を見渡せない。暗所作業用ライトを点灯し上を見る。五式のセンサーカメラと、深海魚とクモのキメラ染みたミュータントの視線がぶつかった。
「ゲ」
ミュータントの足の一本が、五式の唯一の生身である脳を目掛け、突き立てんと振り下ろされる。野生動物と変わらない知性のミュータントも、サイボーグのどこが可食部で一番美味いかを理解しているのだ。
「うおおおおおおおおおッ!?」
五式は足を白刃取りの要領で掴む。
「ちょっ、キタジマさーん!へーるぷ!ミュータント系はそっちの担当ですよね!うおっ!」
五式の頭部の横にさらに一本足が突き立てられる。既にミュータントは五式の上で足の檻を築き、逃がさないようにしている。掴んだ一本を何とか握り潰すが、既に次の足が狙いを定めている。
破壊された穴から、その様を見ていたキタジマはやれやれと首を振っていた。
「お前の飯の時間が終わったんだから、今度は俺の飯の時間だ」
キタジマの頬が裂け、そこから体の表と裏がひっくり返る。先程までの気だるげな気配を放つ活発そうな見た目の少女。その着ていたダンクトップとオーバーオールを巻き込みながら内側、血管と筋肉が露出したかと思うと、3m強の狼染みた怪物へと姿を変えた。
『キィイイイイイイイッ!』
五式を破壊し脳を喰らおうとしていたミュータントが動き、部屋の中から姿を現す。キタジマの脅威を感じ取ったのか、身を低くかがめ、何時でも飛びかかれる体勢を取る。
「良い殺気だ。喰いがいがある」
キタジマの口からくぐもった声が漏れた瞬間、ミュータントはキタジマに向かって飛びかかった。
『キィイイイイイイ!』
「Grrrrrrrrrrrr!」
二匹のけだものが暴れ狂う。
一匹は足で相手を貫かんとし、もう一匹は顎で噛み砕かんとする。
「怪獣バトルだ!俺はキタジマさんが勝つ方に賭ける!」
解放された五式は穴から顔だけを出し、二匹の戦いを観戦していた。
「胴元がいねえ賭ける相手もいねえ!馬鹿な事言ってる暇があるならこいつの卵をかき集めてこい!」
「ウゲッ、あのネバネバ卵を?粘液が指の関節で溜まって凝固するから嫌なんだよなぁ…」
『キィイイイイ!』
キタジマに叱られた五式は渋々顔を引っ込め、ミュータントが潜んでいた部屋の物色を始める。キタジマと五式のやり取りを聞いていたミュータントは吠える。野生のプライドが、廃墟の主としての誇りとでも言うべきものが、一瞬で沸騰したのだ。この獲物たちは、侵入者たちは。己を舐め腐り愚弄しているのだと!
『キィイイイッ!!!』
ミュータントは全身全霊の力を込め、キタジマの眉間に向け足を突き出した。相手の脳を喰らうことを諦め繰り出した致命の一撃。しかしそれは、キタジマに刺さることはなかった。
「バーカ」
キタジマの体が、筋繊維が解け、狼状の体が左半身と右半身に分かれた。
『キィイイイイッ!?』
渾身の一撃が外れ、バランスを崩したミュータントは驚愕の鳴き声を上げる。
「それじゃあ…」
足を回避したキタジマの体は再結合し、巨大な口と化す。乱杭歯の隙間からは幾多にも枝分かれした蛇のような舌がチロチロと覗いていた。
「いただきま」
「キィ!?」
ミュータントの頭上、壁紙が剥がれ落ちた天井が突如砕け、そこから落ちてきたものにより、ミュータントは粉砕された。
「ぶぁっぷ!?」
全身がミュータントの粉砕された肉片と血に塗れたキタジマは、降ってきた存在を認識すると、巨大な口から元の少女の形へと戻る。
「テメェ!ナノガキ!何しやがる!」
キタジマは降ってきた存在、片腕が巨大なパイルバンカーの身なりのいい少年に向かって怒鳴りつける。
「アハハ。二階の探索に来れないおデブさんが何か騒いでるのかと思って助けてあげたのに、酷い言い草じゃないですか」
ナノガキと呼ばれた少年はキタジマに向かって微笑みかける。パイルバンカーはボロボロに崩れ、そして少年の腕となる。今の時代ではありえないシミ一つない腕だ。
「キタジマさーん!大量ですよ!卵がニ十個も!あれ?ナノくん降りて来たんスか?」
両手に粘液に塗れた黄緑色の半透明な卵を抱えた五式が駆け寄る。
「五式さん。彼が手こずっていたみたいだから、助けてあげたんだよ」
「このナノガキ!俺のエモノを横取りしやがった!」
「ああ…」
怒り心頭のキタジマと辺りの惨状を見て、五式は何があったかを理解した。ままある事態故に驚きはしない。
「ところで、僕たちの取り決めは覚えているよね?」
「仕留めたエモノは仕留めた奴に!早く食え!」
「では遠慮なく…」
ナノの体が一瞬にして崩れ、ミュータントの体をナノだった灰色の物質が覆い尽くす。廊下にはしばらく咀嚼するような音が響き続けていた。
「…ふう…ご馳走様でした…だっけ?」
数分後、灰色の物質がナノに戻る。辺りに散らばっていたミュータントの残骸も血液も、全て無くなっていた。
「やっぱ便利っスねナノくんは。ついでに俺の指の関節の粘液も食ってくれない?」
「アハハ。指ごといっていいならいいよ」
「…」
五式は、差し出していた手を戻した。
「終わったんならさっさと拠点に戻るぞ!」
五式からひったくるように奪った卵を噛み砕いて飲み込むと、キタジマはずんずんと歩き出す。そして、廊下を踏み砕き、踏み砕いた穴に落ちて行った。
「あ~あ…流石は体重がtの人…」
五式は穴を見下ろし呟いた。