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(タイトル未定)夏へのレクイエム

 ずっと、夏のことが好きである。

 8月頭に不注意により足首を骨折し、この夏の全てを病室で過ごした。完全に管理された気温と、辛うじて窓越しで分かる空の明るさは、わたしの季節感を鈍らせる。今日は18時半の空が暗くて、今日の夕食にトンカツが出ていなければきっと今よりも重く絶望していた。
 病室に閉じ込められてわたしはまだ外の気温を知らないけれど、SNSで「涼しくてうれしい」って何人かが言っているのを見かけた。もしわたしの手元に、インターネットがなかったら、残酷な事実を知らずにいられたのにな、と思う。
 時間だけは平等だから、わたしがどれほど祈ったとて、夏(=8月)は終わってしまって戻らない。この際、カレンダーだけが夏と秋の境目でなくても良い。仮に、現行の暦の上で今が夏だったとしても、空の色と人々の声が夏の終わりを想起させていたから。(それでも、信頼できる感性をもった友人が、8月だけが本当の夏と言ったことは、忘れずにいたい。)
 この世界でいちばん先に、はやく夏が来てほしいと願った。わたしが創造主でなくてよかった、明日から夏にしてしまうところだった。


 冬が好きな人がいることを、頭ではわかっているが、心では納得できない、それほどに。好きなアイドルが冬派だった。大好きだから同意したいのに、嘘はつけないから、季節の話をされるとまごついてしまう。好きな人の全部を、好きなものの全部を肯定したいだけなのに。
 人の好きなものをなるべく否定しないように生きてきたけれど、夏(と、ここでは語らないが青色)のことが一番好きでない人が少なくない数いることは、直感に反する。秋も冬も春も、ただ寒いだけだ。
 日が短くて寒い季節のいいところを知ろうと思って人に聞いたことがある。頭では、理解しようとする試みがなされた。
 人間にとって太陽は欠かせない存在だから、太陽に近い方がうれしい感じがする。日焼けしていない肌の方が美観性に優れていることは知っているし、気まぐれに日焼け止めを塗ったり、日傘を買ってみたりすることもある。そうであるとしても、太陽が出ている時間が長ければ長いほど、幸福であることに違いはないのだ。
 わたしはかなり夜型で、夜のことも大好きではあるが、夜更かしは幸福を生まない。夜は希望よりも感傷に近い。夜が好きな人は感傷が好きな人だ。
 わたしが創造主でなくてよかった。全人類の幸福を大義名分として、夏を終わらせないところだった。

 これは当然のことであるが、人類は幸福である方が望ましい。一方で、必ずしも人間は幸福な状態だけを好むものではない。冬を好きな人が、寂しさの言い訳を寒さに転嫁できることを理由として挙げていた。悔しいことに、その感性を理解できてしまった。その寒さや日の短さは、人の暖かさや一人で存在することの切なさを誤魔化せるようなものではないけれど。その点で分かり合えないけれど。
 先述の通り、夜が好きだ。さみしがりたいこともあるから。わたしは寂しさ(に限らず感情のすべて)をコントロールしたい。変化が感情を想起するから、世界が変わることを恐れている。変わらない方が良いなと夢見ている。全てのものは終わりへと向かって進むしかないというのに。現に、あんなにも早く終わってほしかった入院生活も、残り3日を惜しんでいる。
 過ごす時間が充実したものであればあるほど、想像の中の終わりの衝動は大きくなる。これは、楽しい時が早く過ぎるのと、大切な時間ほど終わってほしくないのと、同じことを言っている。そして、大きいことが予想される衝撃ほど、心を動かすであろう程度も大きい。感傷に浸りたいわたしは、夏の終わりが好きだ。夏への愛が大きいほど、一層、手放すことを惜しむことができる。
 今年の夏は病室にいて手に入らなかったから、終わりの切なさは従来ほどにはないような気分になる。怪我をしたのが8月の頭でなければよかったなと思う。ちゃんと感傷に浸りたかった。わたしの方が夏を好きなのに、手に入れられなかったのは(わたしが)可哀想だ、と思うことと、する。
 わたしが創造主だったらよかった。わたしの怪我を他の適当な季節にずらせていたから。この夏の終わりを、わたしにもっと寂しがらせることができたから。

 他のあらゆる祝祭と同じように、夏にも終わりがくる。他の多くと比較して夏が救いとなるのは、季節が巡るというその点である。見せかけの救済(永遠)は絶望たりうる。巡る季節が絶望とならないのは、螺旋状に進む中に同じ日が存在しないからだ。
 今年の夏が存在しなかったのは悔しいけれど、また寒い時期を乗り越えたら夏が来る。この夏にしか手に入れ得なかったもののことを考えて苦しくなるけるど、それでも、また次の夏が約束されていることは大きな希望である。秋冬春があることで、一層際立つ。
 わたしが創造主でも別によかった、きちんと四季を回せるから。

 創造主(わたし)は夏を後ろに長くする。9月も夏でいられるように。

連想ゲームのネタにしますね。