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「幸せ」って
この記事は、エクストリーム帰寮 Advent Calender 2021、9日目の記事です。他の記事も是非。
ゴールまで距離15km。時刻は5:58。前後左右田んぼ道。
好きな女と、人生について語るイベントが始まった。
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話は、1ヶ月前に遡る。
寮祭企画「エクストリーム帰寮」
指定した距離の場所に車で降ろされ、財布と地図なしで帰還するイベントに参加することにした。
例年タイムラインを賑わせる企画に魅了されつつも、自己正当化の言い訳と、少しの後悔を残して、Twitterを眺めるばかりで終わった過去2年。
残り1年半を切った大学生のうちにできることを全部やっておきたいという気持ちになり始めた3回後期、「行動によって”何か”が変わってしまうこと」に恐れを抱きつつも、ノリと勢いで申し込んだ。
背負うもののなさに甘えられるうちに、その特権を使わないのは勿体ない。
集合時間の5時。起きて服を着てコンタクトをつけただけの私が、人生初の熊野寮ロビーにいた。同行者はまだ来ない。
5時半。同行者ともう一組と車に乗せられる。「宗教入っておいたほうがいいかなぁ」なんて話をしながら、遺影と称した自撮り写真を撮る。信仰は盲目的に毒であり薬だから、なんであれ信じられるのは「幸せなこと」だと思う。
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空が白んできた6時前。田んぼ道に降ろされる。幸い高速道路の目の前だったので、現在地を同定することができた。「宇治西IC」まであと1km。
手頃に、近況報告から始まる。3回後期、将来を考えるタイミング。自然と就活の話になる。
京都の東の果てに住んでいる意識が強いため、とりあえず東に進むことにした。太陽が出ていてよかった。
空が明るくなりきった7時。まだ「宇治西IC」の文字は視界にある。
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東と北に進むことを目標に進む。会話も続く。
将来の話。キャリアプランを生き生きと語る同行者。仕事以外の日常を充実させる能力と、人を巻き込み動かす魅力があれば、望んだ人生を歩めるのだろうか。
大企業で歯車として働いて適当に早死したい。今以上のものは手に入らない気がして、生き続けることに恐れを抱く。まだ25%しか終わっていない人生、何に希望をもって生きていったらいいのかわからなくなっている。
目的不在のまま進むことができない。明確なゴールがほしい。
大学生活の最大の課題を達成してしまった私は、次に何を目指すべきなのだろう。どこにどうやっていられたら幸せなのだろう。
京都大学宇治キャンパスを通り過ぎ、「京都市伏見区」の地名にはしゃぐ。時刻は9時半。地元の中学生の遊び場となっていそうなショッピングモールを見つけた。
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同行者の持つ「悪友vol.1 浪費」劇団雌猫の同人誌を読みながら10時の開店を待つ。
自分の人生を犠牲にしながら推しに貢ぐその様式美に惚れ惚れとした。ヒトから見たら無駄なことに全てを捧げる経験が愛しい。もしかしたら私はそれを「恋」と名付け、恋に焦がれているのかもしれない。
ショッピングモールで見つけたGUで、固有名詞人間への愛を叫びつつ服を購入する同行者を見て、人間に「クソデカ感情」を抱けることを羨ましく思った。
狂うほど何かを好きでいたい。
自分を捧げて好きでいることを目標にして生きていけば、何者でもない人生も肯定できる気がする。それでも、将来は着実に生きていたい。とてつもない二択を目の前にして、ゼロヒャクのどちらかにハンドルを切り続けることは正しくなくても、分かれ道はやってくる。
それは、帰寮中の私たちにも。
ショッピングモールを出た先にある道路案内標識。片手には「大阪、奈良」の文字。また片手には「宇治」の文字。どちらに行っても京都には辿りつけなさそうだった。
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京都に住み続けて早二年半、川を登れば北の感覚は染み付いている。「北に向かえ」という人間の言葉を頼りに川を登ることにした。日は高い。
とはいえその川は私達のよく知る鴨川ではない。見かけた「山科」の文字。私達がいたのは伏見ではなかったのか……。堂々と視界を横切る名神高速道路は、その背景に見たことのない景色を侍らせていた。
自己評価が低い割に、現状把握が楽観的。迷ってもなんとかなるだろうと思った。人生も同じであって欲しい。王道でありたい、正統派でありたい。それ以外は「私にはできない。」
ここを西に進めば藤森に辿り着ける。その思いで高速道路沿いを進む。山の天気は変わりやすい。空も重くなってきた。
降り出した雨。話すこともなくなってきたので、屋外であることをいいことにカラオケをした。「終わりが怖いなら始めなければいい」「終わりがあるのなら始まらなきゃよかったなんて」人通りの少ない街に歌声が渡る。
終わりが来るのが怖い。最高の今が変わってしまうことが嫌で、否応なく訪れる明日に怯えている。これまでの人生が、大学生活があまりにも充実したものだった分、失った先のことを想像できない。
いずれ失われるものならば、最初から手に入れないほうが幸せだろう。失う痛みや寒さと得た温もりを天秤にかけてしまう。幸せな刹那だけを大切にできたらいいのに。
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見覚えのある町並みが視界に飛び込んできた。聞いたことのある地名。自転車でも自動車でも何度も来たことがある。帰れる。時刻は既に13時。
道が分かることの安心感、6時間歩き続けた疲労から、議題は徐々に世俗的なものに。固有名詞への愛を叫び続ける同行者。
愛とかいうクソデカ感情への憧れはある。アイドル相手に「ガチ恋」をしていた過去のことは醜い過去として風化させた。周囲の人間にクソデカ感情を抱く暴力性とそれを肯定されてきた環境に劣等感を覚える。
道は覚えているはずなのに、京都駅を越えられない。歩行者の存在を想定した道が見つからなかった。幸いなことに、鴨川に降りる階段を見つけた。もう迷いはない。このまま登っていけば、帰るべき街が待っている。
歩く視界の先を、ドクターイエローが走りぬける。
京都が「帰る場所」になったのはいつからだろう。帰省の度に少しずつ変わる地元の町並みに寂しさを感じつつ、観光客でいっぱいの下り新幹線に乗り込むようになったのは。地元がもう私の知っている街ではなくなったのは。
京都に帰れる日々も、もうそんなに長くはない。
四条、三条。川端通りを北へ、北へ。通り雨に濡らされながら、ここまで来たら帰巣本能だけで帰れるねと笑う。
川端丸太町。ここでリタイアするかと迷うも、コンテンツ力よりもプライドが勝ち自分の足でゴールに辿り着くことにした。
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そして15:20。熊野寮着。15km、それほど長い距離ではないのに、9時間半をかけて帰寮した空は青かった。それだけで幸せだった。
帰寮の過程は全部楽しかった。迷ったことも、時間をロスしたことも。それでも、それら全ては「帰る」という目的ありきの思い出で。
帰る場所があって、目標があって、だからこそ頑張れた。目標を喪失したまま進めなくて、他人に劣等感を抱いてみたり、現在に感傷を覚えてみたりして誤魔化している日々に帰寮を重ねる。
自分にも、人間にも、世界にも向き合って生きていきたい。その先にきっと、目指すべき明日が、幸福がありそうだから。
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歩き疲れたあとのラーメンは、美味しかった。いつでもラーメンは幸福を連れてきてくれる。
後時談。
40km程を歩いて帰還した人間に「宇治って京大より東ですよね……」と言われた。知識は優しくて、強くて、偉大だ。
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