人間はどこをとっても人間

今日、ここ2ヶ月間考えてきたこと、やってきたことのまとめ発表会をした。題して「べきしのこれから」共有会である。

目的は2つ、今からやろうとしていることを知ってもらうこと、べきしの世界観を理解してもらうこと、である。

前々から決めていた会で、ちゃんと決行できたことに喜びを感じている。そして、自分の話を、この会に来て、聞いてくれた人々に本当に感謝する。すごく、しっかり聞いてくれた。その上で、今どんなことを具体的にできているの?とか、そこまで聞いて、頑張れって言ってくれたりした。そんな奇特な人、世の中にいるのね!居るのよ!!!!だいすきだなあ。

前進あるのみです。そして、noteを週6で書くという制約は明日までなのです。さらに、1つ期限だと思ってきた、日付が来たので、これから振り返る日を決めようと思う。

毎月最終日の前日に、べきしMAPを更新する。これを振り返りとしよう。

noteはどうしようかなあ。その日読んだ本のこと、その日行動したことを今と同じペース記す。9月30日までは。

よし、今日というか、ここ2週間くらいのスパンで薄々実感がわき始めた気付きは、人はみんなすごくて、すごくなくて、特別で、特別でもなくて、ただ凸凹した人間であること。あと、近いと遠い、偶然と必然、善と悪とか、全肯定の言葉も全否定の言葉も、スパンっと分けてしまえる言葉は、結局正反対のことを言っているようで、同じことを言っていることにも気づいた。

どんなくくられ方をしようが、その中には気が合う人や、共感度が高い人がいる、さらには、気が合わない人や、人を疑いまくる人もいる。この括りにいる人はみんな、いい人とか、可愛そうな人とか、すごい人とか、不幸な人とか、幸せな人とか、そういうのはない。どこを取っても人間でしかないのである。

これが最近の気付き。

さて、明日は作り出そう。

これ、おもしろかった。

読んでくださった方へ、何を思って読んでいたのか、読んでくだすったのか、コメントくをだされば、家の前にやまびこをしに走るくらい、喜びます。