私、大人になっていくのだろうなって思った。
いろんな妥協点を見つけて、行動できる大人になっていくんだ!という決意とともに、それは、ずっと大人ってなんで諦めているんだろう…って理解できなかった、その大人になるってことなんじゃないかと思う。私は全部を知りたかった。全部が繋がっていて、互いに影響を与えている。そのことを論文にしたかったし、もっとそれを前提として行動する人が増えたらいいのにとか、研究者ってなんでそんなにspecificな事象を取り扱うのだろう?もっと世界は複雑なのに…とか思っていた。でも、その複雑さを理解しているからこそのスケールの縮小だし、特定の言葉を使うのだなと、最近になって自分の体にその事実が染み込んで来ている。それが私には諦めに見えていたのだ。
確かに諦めている人もいる。食いっぱぐれないことを最低条件に、それ以上のことはもういいや、人生終わりかけだし…みたいな。人生の終わりっていつー????確かに、あなたの人生は明日終わるかもしれない、でも10年続くかもしれない。
確かに世界のつながりなんて、考えなかったであろう言葉を発する人もいるし、ただ単に突き詰めることが好きな研究者もいるかもしれない。でも、私は、世界がいろんなところで繋がっていることを、学問が、音が、空気が、縁がどこかしらで繋がっていることを、大切に面白がって生きていきたい。
人生ずっと悩んでいくのだと思う。あの時諦めたように見えてた大人にも葛藤や、その前提が存在していて、決してすべてを諦めていたわけではなかったのだと思えたらいいな。
これでも聞いて、陽気になって。
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