【ある錬金術師の話(仮題)19】
こんな不躾なことをしてくるのは、心当たりでは一人しかいない。
そもそも、この街での彼の評判は最悪だ。
どうも腕の良い医者がいるらしい、という噂はある。
しかしその医者は、話し方と言い行動と言い、ともかく変わりものであるという噂も同じだけ流れている。
これでは普通の人なら、足が遠のくのは仕方がない。
なにより、他の医者だけでなく、アリストテレスやガレノスの批判までするものだから。
当時、ガレノス医学というのは、現代における西洋医学よりも支配的であった。四体液説にもとづいて、病気を説明していて、確かに有用なものだし、それで治療している医者が大多数だった。
しかし、ホーエンハイムは思うのだった。
「ガレノス医学はある意味では正しい。
しかし、それはあくまでも目に見える症状を、説明しているに過ぎない。
病気の本質というものを説明するには、これだけでは足りないのだ。
つまり、四体液以外の要素を取り入れなければならない。」
こんな男と親しくしようと思う者は、相当困っている病人か、変人かのどちらかだった。