【ある錬金術師の話(仮題)4】

彼の母親の死後、父は彼を伴ってオーストリアのフィラッハに移住する。

フィラッハは古代ローマからの交通の要衝のみならず、スロベニアのイドリア鉱山にほど近い場所にあった。
当時、イドリア鉱山はオーストラリアの領地であり、ここで採取される水銀はスペインのアルマデン鉱山につぐ、世界で2番目の産出量であった。
そのため、錬金術師たちがこぞってここを中心に活動していたことは、自然な流れであった。

そして彼自身、著名な学者であるトリテミウスから教えを受けていた。
トリテミウスから受けた影響は、良い意味でも悪い意味でも大きかった。

良い影響としては、トリテミウスから隠秘学を学べたことだった。
隠秘学とは、暗号に関する学問と言い換えてもいい。

真実はとてももろいものなので、ありのままの姿では存在しない。
だから、秘密の箱の中に、大事にしまわれている。
その箱を開ける黄金の鍵こそが、隠秘学。

つまり、真実にたどり着くためには、複雑な暗号を解く必要があるのだ。

それにはトリテミウスにおいて他に、ふさわしい者はいなかった。
なぜなら、トリテミウスは現代でも“近代暗号の父”とも呼ばれ、様々な暗号についての本を記しているからだ。
現在あるオカルティズムは、トリテミウスの存在がなければ、あやしさのかけらもなかったろう。

もちろん、良い影響ばかりではない。
トリテミウスは、物事を誇張する傾向があったのだ。
つまり、パラケルススの大言壮語は、師匠譲りであったといえよう。

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