地方創生政策立案・施策実行のために 第1章 地方創生の社会学的アプローチ
はじめに:本提案書の位置付け
本提案書は、先進工業国である我が国において、20世紀型の大量生産大量消費型資本主義社会からの変革期に、千年続く地方創生の新しいあり方のシンボルプロジェクトとして、未来を担う住民の価値観が変容し、SDGs未来都市として、自然と調和する社会システムへ変革するための地域コミュニティ活性化ツール導入を提案・採択・実証・実装するための一次基礎資料とする。
第1章 地方創生の社会学的アプローチ
我が国の地方創生は、平成30年12月21日(金)に、「まち・ひと・しごと創生総合戦略2018 改訂版」が決定し、第2ラウンドに突入した。
実行計画の実施に具体的な施策が必要とされる中、第一ラウンドの関連各専門分野からのアプローチから、地方が、自ら「地方版総合戦略」の策定をより主体的に行なっていくためには、独自性のある長期的なまちづくりを、実行する必要がある。
・未来理想主義的なバックキャスティング手法
・課題解決型のフォアキャスティング手法
を使い分けつつ、我が国の地方文化固有の歴史的文脈に基づく和の精神による、共同体の構成員の全体最適のための「しくみ」や「風習」織り交ぜながら、既存の中央省庁、地方自治体各部課、官民を横断した、知識構成型ジグソー法的アプローチを通して実行していくことが必要になると考える。
本章では、我が国における地域通貨の第一次ブームとなった「エンデの警鐘」で述べられている21世紀の大局的な課題を捉え、欧米における第4次産業革命の思想的源流となっている、過去の共同体のユートピア思想の歴史を振り返り、地域コミュニティと地域通貨の近年の具体的な事例を分析することで、2章以降で提案する地域コミュニティ活性化のための施策提案の根拠の一助とする。
・未来を奪う経済システムを変える意識改革
我が国における地域通貨の第一次ブームは、1999年にNHKスペシャルで放送された、「エンデの遺言〜根本からお金を問うこと」による反響として、地域の自治体ボランティアベースで開始された。
以下に、エンデの警鐘「地域通貨の希望と銀行の未来」(NHK出版)の一節より、現在の地域暗号通貨の導入に向けた根本的な考え方の根幹となる一節を引用する。
「現在私たちが直面するエコロジーの問題が、現代の技術社会のあり方と関連していることは明らかです。つまり、資本主義経済と関連しているのです。例えば、今の経済システムは自然資源の代わりに、原子力のような非自然資源を使わなくては機能しないと考え、そして、エネルギー需要を満たすために、潜在的危険性を知りつつ、あえてそれを使うのはなぜなのか、ということを考えてみましょう。そうしないと、先進工業国の経済は機能しないからです。自然エネルギーだけでは工業界全体のエネルギー需要は、なかなか満たせないでしょうから。この問題には二面あって、一つはシステムの変革が可能かという点ですが、これについて討論することはそれほど困難ではないのです。問題のもう一つの面は、同時にメンタリティの変革が必要だということなのです。このほうがシステムの変革よりも難しいだろうと、私は思っています。もし、先進工業国において、価値観が変わることが可能であれば、エコロジーと調和する貨幣システムへの変革はさほど難しいことではないでしょう」
「個別の問題だったものがだんだんつながり、城攻めの軍のように、その包囲の輪を縮めてゆく。 近代自然科学の問題から、社会心理、宗教、文化、経済と、問題はみんな関連しています。どれか一つの問題を取り上げようとすると、他の問題も浮上して、すべての問題を同時に解決できないので困るのですが、実はそれをしなければならないのです。籠城と同じで、どの窓から外を見ても、そこから包囲軍がすでに迫っているのです。 二一世紀が抱えることになる問題は、二〇世紀の問題とはまったく異なることでしょう。SFでよく見かけるように、技術がさらに進歩してというようなことではありません。他の惑星に移住することで解決はつきません。それでもそのような研究に多額のお金を投入する人がいて、地球が荒廃し人口過剰になれば、さっさと別の惑星へ移ればよいと考えているようです。しかし、 これは単なる想像で、二一世紀の問題の本質は、まったく異なるものです。「お金の問題、これこそ今世紀最大の問題のひとつなのですが、ほとんどの論客はこのテーマを迂回します。だからこそ、まず、ここに問題があることを知らせる必要があるのです。まず問題意識を形成しなければなりません。 「お金は人間がつくったものです。変えることができるはずです」
出典:エンデの警鐘「地域通貨の希望と銀行の未来」NHK出版
このように、地方創生の文脈において、地域通貨を導入し、実証実験を進めることは、21世紀の抱える諸問題を長期的に捉えて解決するという、総合的な課題解決のフィールドとして、根源的な意味を持つ。
次節では、過去のユートピア思想の歴史的経緯を振り返りつつ、現在進行中の第4次産業革命で、欧米諸国はどのような思想で自動化(Automation)を推進しているかを分析する。また、東洋的な歴史と文化背景を持ちながら明治以降急速な近代化を進めてきた我が国は、国連SDGsの国際指標に則りつつ課題解決をしつつも、世界に和の精神に基づく我が国独自のライフスタイルを発信するために、どのように21世紀の未来を描きながら地方創生を進めていけばよいかの礎となる考え方を述べる。
・ユートピアの歴史と第4次産業革命
「どの時代にあってもユートピアの概念は、理想とされる現在、理想とされる過去、理想とされる未来を表現し直したものであり、またそれら三つの関係から派生するものでもある。そして、そうした現在、過去、未来のそれぞれは、神話的な、あるいは想像の産物であり、また史実に端を発してもいる。」
出典:「ユートピアの歴史」グレゴリー・グレイス (東洋書林)
と、「ユートピアの歴史」の冒頭で述べられているように、第4次産業革命とその後の未来社会を構想し、施策を実行するに当たって、理想社会としてのユートピアの過去・現在・未来の神話的、創造的イメージをステークホルダーで共有し、地域経済学的観点から考察することは、欧米の政策立案の場合には非常に重要視される観点であるが、近年の我が国の政策立案現場では、戦後の色々なトラウマも相俟って、軽視されがちな傾向にある。
しかしながら、近年の我が国における政策立案において、インターネットによる広範囲な知識の普及と社会貢献意識の高い若年層・中堅層の自発的・多視点的な学びの場の醸成などによって、Society5.0を実行するに当たって、深い議論の土壌は少しづつ整ってきている。
・ヤップ島の貨幣、メソポタミア:ギルガメッシュ叙事詩
ミクロメシア諸島に属するヤップ島ではかつて巨大な石の貨幣(フェイ)が共同体の内部で富と名誉の象徴として通用していたことから明らかなように、貨幣は「モノ」ではなく社会的な「コト(慣習や観念など)」である。
シュメール文明が用いていた最古の文字は、そもそも財産上の取引を記録するために発明されたことからわかるように、価値の大きさを等価物によって表す貨幣は、意味を文字や音声で表現する言語に似ているとされている。
貨幣は言語と同様に現実世界の複雑性を一元的価値に還元する機能を有しているが、現代の貨幣は言語と比べるとはるかにその機能は不十分であり、人間関係が経済的な売買関係や法律的な契約関係のみに還元されるという弊害が生じている。
出典:少子高齢化が進む日本における地域通貨の有用性
独立行政法人経済産業研究所 藤和彦
・ユダヤ教:失楽園 労働への認識の違い
一神教であるユダヤ教、キリスト教、イスラム教に共通するのは、労働は知恵の実を食べて楽園を追放されたことによる人の苦役として捉えられることが多いという特徴である。
植物であれば、光合成によりエネルギーを生産しているが、単体生殖から雌雄に分かれ、動物として運動エネルギーを持つことで、他の動植物を捕食してエネルギーを補給するという苦役としての労働に、生物的に身体的にそこまで強靭ではないホモ・サピエンスが、知能によって道具等を使うことで、エネルギー補給を可能な形に変化したことを反映しているという解釈もできる。