「宇宙生物学」の話。

「宇宙生物学」と聞くと、一般の人は「宇宙人の研究?」と思う人が多い。ちょっと知ってる人になると「地球外生命探査ですよね」。半分は合ってる。近年「アストロバイオロジー」とも呼ばれる地球外生命の研究もあるけれど、「(地球の)生物が宇宙に行ったらどうなるか?」というのも「宇宙生物学」で、ISSなどで行われている生命科学系の研究はそこに入る。筋肉や骨量の減少など近年「宇宙医学」という呼び方をされているものも、大きな枠組みでいえば「宇宙生物学」の一部。要するに、生物系で宇宙分野の研究はみな「宇宙生物学」

「日本宇宙生物科学会」というちゃんとした学会があって(といっても、少なくとも私が参加した頃は大会参加者が数十人と規模の小さな学会だったけれど)、私自身もかつて宇宙実験に向けての基礎研究を行っていたので、何度か参加した。当然ISSでの宇宙実験についての成果発表などもあるし、宇宙実験に備えた地上での様々な研究もたくさんある。

日本宇宙生物科学会HP

地上(1G重力下)で無重量状態を模擬するにはいくつかの方法があって、2軸制御により3次元回転させてトータルの重力をキャンセルする「クリノスタット」、高いところから真空中を落下させて10秒程度の無重量状態を作り出す「落下塔」、30秒程度の無重量状態を繰り返し得られ宇宙飛行士の訓練でも使われる「パラボリックフライト」など。いずれも一長一短で、前者は装置を回転させるだけなので長期間使うことはできるけれど、要するにあらゆる方向に回転させて全方向に1Gをかけることでトータルで重力ベクトルを分散してキャンセルするというものなので、無重量状態の質としては微妙なところ。逆に後者2つは無重量状態の質としては悪くないもののいずれも持続時間が短いので長期の影響を見ることはできない。私の研究は短時間では影響が出て来ないものだったのでクリノスタットを使用したことがある。短時間でデータが得られる研究をしていたよそのラボの友人はパラボリックフライトをやったそうで、羨ましかった。。

クリノスタット(JAXA HPより)
落下塔(JAXA HPより)
パラボリックフライト(JAXA HPより)

宇宙実験ならではの難しさもたくさんある。そもそも搭載品の材質などNASAの非常に厳しい基準がある。可燃性はないか、有毒ガスが発生することはないか、液体は全て3重パック必須などなど非常に細かく、普段の実験に使っている実験器具や実験装置をそのまま持ち込めるわけではない。なので地上では比較的簡単に実施できるような内容であっても、宇宙用の実験装置の開発からやらねばならない。
たとえばメダカを使った実験。地上では普通に水槽で飼ってるものを使えばいいけれど、宇宙に持っていくにはまず飼育装置から開発しなければならない。完全に密閉されていて水漏れが起こらない構造、かつきちんと循環システムが作動しないとメダカが死んでしまうし、密閉されているので餌やりだって難しい。エンジニア出身など専門外の宇宙飛行士に実験操作をしてもらうこともあるので、もちろん事前に訓練はしてもらうとはいえ、専門外の人がやってもきちんとデータが得られるような手順にしなくてはならない。そういう”実験以前”の部分が非常に煩雑で大変。植物を使った実験は比較的成果が出やすいし扱いもそこまで大変じゃないので多少実施しやすいようだけど、動物を使った研究はなかなか難しい。

ISSに搭載されている水棲生物実験装置(AQH)の外観図(JAXA HPより)
地上では水槽1つで済むけれど、宇宙ではメダカを数匹飼うだけでもこんなに複雑な装置が必要

ちなみに私が行っていた研究は私の段階ではまだ地上での基礎研究段階だったけれど、その数年後に後輩の代で、ちょうど野口さんが搭乗した時に実際にISSで実験が行われた。具体的な話はまたそのうち書くかも(今回は宇宙生物学の研究全般の紹介だけでそれなりのボリュームなのと、修士はアカハラなど黒歴史でもあるので書く“かも”)。


以前別の記事でも書いたのだけれど、ISSではいわゆる「アストロバイオロジー」系の研究も行われている(以下一部を再掲)。

パンスペルミア説。スペルミアはsperm(=精子)と同語源で、宇宙汎種説とも訳される。生命の元もしくは生命自体が広く宇宙を漂っていて、それが地球に到達して我々地球生命の起源となったという考え方。ESAの彗星探査機「ロゼッタ」が「チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星」でアミノ酸を確認したり、最近だと「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち返ったサンプルからも20種類以上のアミノ酸が確認されていて、パンスペルミア説を補強するデータもいろいろ得られている。

それに対して地球生命は太古の環境中での化学反応によって自然に発生したとするのが化学進化説で、生命の起源の考え方としてかつては主流だった。近年でも深海の熱水噴出孔や、陸上でも温泉地など熱水が得られる環境の周囲でアミノ酸が合成され得るという研究もJAMSTECをはじめたくさん行われていて、地球生命の起源についてはどちらの説も十分にあり得る

「たんぽぽ」計画HPよりロゴ

JAXAや東京薬科大などがISSで実施した「たんぽぽ計画」もパンスペルミア説の実証研究だった。
地球上でその組成から火星由来とされる隕石が見つかっている。火星の太古の火山の噴火などで吹き飛んだ石などだろうと考えられている。たとえばその岩石の中に何かしら微生物がいたとしたら、火星由来の生命が地球に到達することも考えられる。ということは、逆に地球上での噴火などで地球の生命が宇宙に飛び出していくこともまた起こっているはず。

ISS外部に特殊なゲルを曝露してしばらく放置しておくことで、地球近傍の宇宙空間を漂う微粒子を捕集。その中に有機物や場合によっては微生物が検出されれば、地球の生命が宇宙に飛び出していることが実証できる。それを飛んでいくたんぽぽの種子に見立てた命名。逆に地球外由来の微粒子が捕集できれば、有機物が検出できるかもしれない。またそれと並行して3種類のバクテリアを宇宙空間に年単位で曝露して、それらが生存できるかの検証も行なった。

たんぽぽ「計画」HPより

微粒子の捕集についてはいまのところ成果の報告はないようだけど、バクテリアは低軌道に数年曝しても生存したとのこと。ヴァン・アレン帯の内側なので深宇宙とは放射線量が違うとはいえ、時間的には地球から他の星に到達できる可能性が高まってきた。一方でこれは惑星保護の観点からも重要なデータ。火星やエウロパ、エンケラドス、金星の大気中など太陽系内でも生命がいるかもしれない候補地がいくつも出てきているが、そこに探査機を送って調査をすると何かしら地球由来の微生物で汚染してしまう可能性がある。たとえば国内でも外来種による生態系の撹乱が問題になっているし、新型コロナの水際対策もそれと同じこと。せっかく地球外生命を発見しても、即滅亡させてしまうかもしれない。。NASAが火星探査機を送るときはベーキングといってクリーンルームで高温滅菌処理をして、滅菌状態で打ち上げることになっている。それでも輸送するロケットの機体表面などに付着した微生物が到達してしまう可能性も排除できない。なのでNASAの火星ローバーなどは、生命の痕跡は探したいものの、実際に生命がいるかもしれない場所は敢えて避けて運用しているそう。探したいけど探せない。難しいジレンマ。。

実は「たんぽぽ計画」は友人が重要なポジションにいたのでちょっと親近感がある。single cell PCRなどで苦労していたけれど、その後そのポジションは降りてしまったようなので最新情報は得られず。


そんなこんなで「宇宙生物学」の紹介記事でした。

いまはこの分野からは離れているけれど、当時「日本宇宙生物科学会」の若手で構成されていた「宇宙ライフサイエンス若手の会」で数年幹事を務めていたこともあって、その頃の友人たちからたまに情報は仕入れてます。

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