おうち時間が大好き
今日は、特に何の予定もなかったけど、事前に有休を入れていました。私はフルタイムの正規職員ですが、あんまり週5日連続勤務するスタイルに慣れておらず(社会人4年目のくせに、なんて幸せなやつだ笑)、とりあえず真ん中の水曜に休むと楽になるだろうという安直な考えで、水曜によく有休を入れます。世の中のマジョリティは金曜とか月曜を有休にして、3連休にしたり、夏季休暇も連続で3~5日取得して旅行に行ったりなのだろうと思いつつ、私はそんなに連続休暇を取得すると、復帰するときにしんどいので(もはや復帰できるかどうかも怪しい笑)、ちょくちょく休みながらの勤務形態にするように心掛けています。
予定を詰め込み外出しまくるアクティブ期
昔から色んなことを経験したくて、挑戦したくて、(でも繊細でチキンな性格なのだけど…これを今時の言い方だとHSS型HSPというのだろうか)、予定はぎっしり詰め込み、ほとんど自宅にいない生活を心掛けてきました。その方が学びも多いし、出会いも沢山増えるし、すぐ病みがちな私は、所属団体を増やして、依存先を増やすことが大事だと考えていたからです。この「自立とは、依存先を増やすこと」という有名な言葉は、今でも大事にしています。
予定を詰め込んで、ほとんどを外出先で過ごすようにしていたのは、恐らく実家があまり居心地の良い空間とは思えていないことも理由の1つにあったと思います。実家にいても、素の自分をさらけ出せることはなかったし、分かりやすく言うと、自分の感情を殺して生きてきました。長期間落ち込んでいたり、泣いていたりすると、母から突然キレられることがありまして…。恐らく心配からくるんだろうけど、私としては突然すぎるし、そもそも ”自宅で取り繕えないくらい落ち込んでる=最大級の病み期” ってことだから、そんなときにキレられると、立ち直れない…。それが前触れもなく、突然発生するから私としては、かなり実家にいても落ち着かない。それから父も非常に変わり者で、基本的に他者の立場になって物事を考えることが難しいです。よく父の仰天エピソードを母から聞き、2人で笑い話にして、発散しています笑。
人生に無理は付き物だから…
私の両親が悪いということが言いたいのではなく、世間のベースには、未だにやはり多少なりとも根性論というものがあると思います。やはり、大多数の人間は無理をしないと生きていけない部分が沢山あるのは事実だし、沢山の困難を乗り越えてこそ、成長してきた経験がある人が多いからだと思います。私自身も中高生の苦しい体験がなければ今の私は存在しません。
仕事が多少しんどいからといって、その度に辞めていては生活できないし、人間関係でも、少し嫌なことがあるからと、その都度絶縁していては、信頼関係を築いていくことは難しいです。
でも、人によって、どこまで頑張れるかのキャパシティはやはり違います。何事も適度、程よく、が大切で、限度を超えると病気になります。一見、他者からみると、もっと頑張れるのではないかと思うことも沢山あると思いますが、当事者からすると、もしかするとそれが限界なのかもしれません。”○○(他者)が、ここまで出来ているのだから、あなたも頑張れるでしょ” といった考えは危険です。また、同じ人間でも、”■■(ある分野でのその人の頑張り)では、ここまで頑張れたんだから、◎◎(異なる分野)でも、もっと頑張れるでしょ” といった考えも、よくやってしまいがちですが、誰しも得意不得意があり、本人からすると、難しいことかもしれません。
世間から見た私≠私自身が感じている私
少し、一般論に話が逸れてしまいましたが、私は世間一般からすると、結構レール通りの人生を歩み、無難に生活できていると思います。だから両親からしても、普通の人間だと思われていることでしょう(普通とは何ぞやってのは一旦置いておいて)。実際、そこそこの公立大学に現役で合格し、就職活動でも第一志望に内定、現在は安定した職業で休職することもなく、社会人4年目を迎えています。給与も20代の平均よりは上の方だと思うし、福祉業界で、平社員で、福利厚生も含めて、これ以上の待遇を望めるところは、他にあまりない気がします。
だけれでも、私自身は、かなり普通の人よりも、キャパシティは狭いし(見た目より本当にかなり狭いと思う…)、メンタルは弱くて、でも、それでも周囲の方々の大きな支えがあって、何とか、遠くの人たちからすると、普通に生きていけるように見えているのだと思います。
詳細を話す気には、まだなれないのですが、主に中学校から現在にかけて、”私は普通だけど、構ってもらいたくて、病んでるふりをしているんだ” という考えと、"やはり自分は普通の人と同じようには生きていけないんだ" という2つの考えで、揺らいでいました(今でも時々揺らぎます。)。だけれでも、例え ”構ってほしい” が最大の私の気持ちだったとしても、私のやってきてた行為は、多くの人が行うものではないし、やはり、根底には、色んな脆さ?や課題があるのだと思います(もっと福祉の専門職なら適切な言葉を使えよって感じなのですが、敢えて当事者として、感じている言葉をそのまま使うことにします。という言い訳です笑)。普通に働くことが出来ているときは、”やっぱ普通だな”って思うし、普通な自分に回復しているときに、上司や産業医に、体調不良だったときのエピソードを話していると、”なんか別人過ぎて、話盛ってるて思われてるんじゃないかな”って不安になることもあります。
でも、実際に週5日連続勤務をずっとこなしていくことは私には難しいし、3か月に1回は産業医面談を入れてもらい、3週間に1回程度心療内科に定期通院して、ぼちぼち丸3年社会人として働いています。実際休職はしなかったけど、主治医から診断書を書いてもらったことも2度ほどあるし、希死念慮も度々あって、布団から動けなくなることも、時々あります。不安感が人一倍強くて、動悸がすることもあるし、パニック発作?みたいな心臓の痛みを感じたこともあります。しんどいときは薬を飲むし、でも飲んでも回復しないときはしません。
ただ、私自身はこんな弱い自分を、嫌だと思うことは正直あんまりありません。全くないと言えば多分嘘になるけど、結構受け入れていて、ありのままをさらけ出して、しんどいときは色んな人にSOSを出して助けてもらうし、相談にのってもらい、自分の現状を極力仕事関係の人には分かってもらう努力をしています。
今、私が一番できている、頑張っている部分は、きっとここだと思います。ある日突然、元気だと思っていた、同僚や部下が突然休職してしまうことがないように、出来る限り迷惑をかけることのないように、と心掛けています。心療内科の定期通院や産業医と保健師さんの定期面談、メンターさんとの定期面談、個人的に相談できる上司や先輩、同期、友人、パートナー。私には、私のことを分かってくれて、支えてくれる、人が沢山いて、その人たちのおかげで本当に今まで何とか普通に生きれているのです。しんどいときに、助けてもらう代わりに、相手に協力できるときは、出来るだけ頑張るし、感謝の気持ちを全力で伝えるようにということも意識しています。
愛着形成・安全基地の確保
中高生のころは、学校や塾が全ての世界だったけど、大学入学以降は、沢山の人に出会い、愛着を結ぶ相手は親じゃなくてもいいのだということを学びました。社会人になってからは、”離れていても、あなたのことを大切に想っているよ” と、心から思ってくれているだろうと強く感じられる、信頼できる上司と出会い、どんなときも私のことを大切に、愛してくれていると感じれられる、一緒にいて安心できる大好きなパートナーと出会い、私の人生は社会人になって、とても生きやすくなりました。社会人になると、自分の人生に自分で責任を持たないといけないようになる反面、自由を手に入れることができました。心療内科に通院しようが、親にバレることはないし(健康保険証の関係で今までは難しかった。)、パートナーとの同居生活を開始して、常にお家では、素をさらけ出して、好みのインテリアにして、好きなお香を焚いて、リラックスした空間をパートナーの協力のおかげで作り出せるようになりました。
今現在、私はパートナーとの生活がほぼ1年となり、家事のルーティンを大きな負担なく回せるようになりました。仕事も異動から約4か月ちょい?で少しずつ慣れてきて、かつ前の職場よりも圧倒的に単調で残業が少ないので、プライベートの時間を充実させていきたいという気持ちが大きくなってきています。子どもも、いつか欲しいと考えているし、年齢や仕事のことを考えると、なるべく早い方がいいと分かっているので、来年の5月以降からは、妊活に入る予定です。不妊治療を受けることになるかもしれませんが、それは今のところ分かりません。もしかしたら、すぐに授かるかもしれないし、パートナーと2人の生活が長く続くかもしれません。だけれども、望んで2人の生活を楽しめている今、出来る限り、本業以外のやりたかった趣味に全て挑戦してみて、沢山の選択肢を増やしておきたいと考えています。
ずっとSNS依存(特にインスタ!)だった私ですが、インスタを開くのを止めてみました。通勤時間が最大の敵なので、noteを書いたり、本を読んだりして過ごしています。本屋さんで心がウキウキする本を沢山購入して、お家や電車で読み、やりたかった趣味を、ちょくちょく進められて、パートナーと幸せな時間を過ごすことができる今が幸せで、昔はあれだけ家にいることが嫌いだったけど、今はお家での時間が本当に愛おしいです。パートナーから、その変化が「とっても良いこと」と言ってもらい、さらに嬉しい気持ちです。過去の自分の生き方も悪くないと思うけど、自分の弱さを受け入れ、抱きしめ、お家という大好きな居場所が増えるのも、素敵なことだなと思っています。