できないって素直にいっていい
できないって素直に言っていい。
少し前に、threadsでそんなことを呟いたら、私史上とても反響が大きかった。
「できない」って認めると、フラットに自分をみられるようになるのかもなって思う。
私はいままで「できる人」でなくては、と怯えていたんだと思う。だからできないことを必死にできるようになろうともがいていた。だけど、それだけでは八方塞がりみたいな状況に仕事で直面。
そこで、ああ、できないと認めて「助けて」と言う時なんだなと思ったのね。
そう思うようになったきっかけは、少し前に「料理ができない」と認めたことだった。
実は、私はずっと料理ができないこと気にしていたのね。
「料理ができないと恥ずかしい」「できて当たり前」「料理できないなんて生活能力が低い。」
とかね。(そうやって自分を責めてた)
私は美味しい食事は大好きだしお酒も仕事にしてるくらいだから、きっと料理するんだろうと勘違いされるんだけど、ほとんど料理はしない。笑
(でも、美味しい食事やペアリングの素晴らしさ、どんなものが相性がいいかはわかるよ!)
切るのはできるけど、「**切り」とか言われてもよくわかんない。笑
火入れをまともにできる気もしないので、基本的には切って盛るだけのサラダをいつも食している。(これは美味しいよ!笑)
人生的にみて「料理する」って時間が本当に少なくて、それが実は結構コンプレックスだったんだよね。大学時代も社会人になってからも、あんまり家で過ごす時間がなくて。作る機会が少ないから、どんどん苦手意識が高まってやらなくなる。
たまに料理したところで、せっかくの食材を美味しく生かしてあげられる自信がない。
そんな感じなので、「料理できない」ってバレないうちに「いつかできるようになろう」みたいに思っていた。(そしてここまで来てしまった。。。)
でも、もういいかなって。
隠さないでいいやって。
それからは「料理ができない」って認めて、
関係ありそうな場面では先に言うようにした。
そうしたら、
・食事を作ってくれたり、
・作りかたを教えてくれたり
・作ったものをお裾わけしてもらったり
する機会が増えた。
そして今はその時間がとても嬉しいし、愛おしい。
深く感謝するし、豊かだなって感じる。
変に取り繕う必要もなくなるから、ものすごくフラットに「教えてほしい」「どうやるの」「もう一回教えて」「作ってくれて嬉しい」「こんなもの作れるなんてすごい!」って、素直に伝えられる。
(そして素直にそう思う)
なにより、私は気後れすることもなく素直な状態でその場にいられる。
それがすごく嬉しい。
でもこれが「料理ができる人でいなくては」と思い込んでいる自分だと、
「こんな簡単なこと、教えてほしいとか恥ずかしくて言えない」とか、
「なるべくできないことをバレないようにスルーしよう」とか、
「こんなもともできない自分はやっぱりダメなんだ」とか、
よくわからない思考を展開させてしまう。
(かつての私こんな感じ)
みんなで料理するってなってる時に、
「たまねぎスライスしてー」って言われて、
「ス・・・スライス・・・!?・・・ってどうやるんですか?」
なんて、「料理できるひと」としてその場に存在しようとしてたら、聞けないよ笑
でもそうやって認めると、フラットにいられるんだと思った。
そして、この感覚がすごく大切なんだと思う。
自分を隠すことなく、そこに存在する。
まずはその軽さがとても大切なんだと思うの。
自分を許す感覚に近いかもね。
「できない」と降参したら、そこがスタート
「できる人でいなくては」と怯えることやめて、
「できないんだ」と認める。
得意じゃない、好きじゃない、そんな自分を受け入れる。
そこで初めて、思考はその先に進めるんじゃないかと思う。
「できない」ことをなんとかしようとしているとき、「できない自分はダメだ」とベクトルは自分に向いてしまって、周りのことを見られていなかったりする。
だけど、「できない」とあきらめると、その上でどうしようか?と思考がその先へ進む。
今できることをする。
今できないところは助けてもらう。
できるようになる必要があるなら、「できない」と認めた上で「じゃあどうしようか」と建設的な試行錯誤をする。
正直な自分を伝えるから、新しい関係性が生まれてくる。
だからこそ、他の人の才能に光があたるってこともあるかもしれない。
できませんって言っていい。
そうやって料理できないことを認めたら、他のことも一緒だなって思うようになった。
できる人であらねばと怯えて、必死になって取り繕うのではなく、
できないんだなって、素直に認める。
それはあくまでもスタート。
そのあとどうするかは、自分で決められる。
そこからでも、十分前に進めると思う。
仕事も同じ。
そうやって、それぞれの力を発揮していけば大丈夫なようにできてる。
そう信じて、進んでみようと思う。
これも実験。