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【AssistOn inFocus名作選】 ABITAX 山口和馬・野崎順理

さまざまなデザインにAssistOn独自の視点でフォーカスする「AssistOn inFocus」。ご好評いただいているインタビューの中から特に人気の、2007年1月掲載の「ABITAX 山口和馬・野崎順理」をnoteに再掲載いたします。


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ABITAX「Outdoor Ashtray」発売当時の広告文章より(1994年8月)


良い物とは、単に安いことではなく、その物が真に人々とと社会及び自然に対しどれだけ役立つかによって決められるものだと考えたのです。

又、効率よく生産できる物が良い物だとは少なくとも私達は考えません。

それが、使う人に愛され長年に渡って使用されなければ無意味です。特に環境問題が問いただされている今、ロングライフ製品のデザイン、製造は不可欠となってきています。

私達の灰皿は基本的に工業製品ですが、製造工程で手仕上げによるフィニッシュを行っています。これは、効率のみを重視する人々にはムダと思われるかもれません。しかし、私達はこのプロセスこそが人と物とのインターフェイスにおける最も重要なファクターだと考えています。


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ポケットの中のたいせつなもの


例えば、グッドデザイン賞を受賞した、携帯灰皿「ABITAX "Outdoor Ashtray"」

ミクロン単位のタバコの灰を漏らさない機密性をもちながらも、モダンで使いやすさを追求したした機能性あふれるデザイン。高い職人技術が必要とされる「深絞り」によってつくられる精密さ、そしてアルマイト処理によってつくられたカラフルな色合い。喫煙者ならずとも、手元に置いておきたいと思わせる、その高い完成度。

もしくは同社のキーケース「ABITAX "KeyCase"」。カギという「鋭利」で「冷たい」物質を、このケースに入れることで「柔らかい」触感と、「暖かい」質感に変えてしまう驚き。

私たちの生活の中のとても日常的な、ポケットの中に入るモノたちを色鮮やか色合いとスタイリッシュな形状で包み込む、そんな製品を作り続ける、ABITAX。しかし彼らのモノ作りの視点は、単に「格好良くすればいい」「カラフルで面白いカタチであればいい」というものではありません。タバコの灰を漏らさず、まわりの人や自然に迷惑をかけない。カギのジャラジャラと触れあう音をさせて、まわりを不快にしない。彼らのつくるものを見ていると、そんな、日本人がずっと日常品をつくるときに心がけてきた「粋(いき)」と呼ばれてきたものを、モダンなデザインの中にきちんと引き継いでいることに気がつきます。

いったいこれら製品の発想、そして実際の物づくりは、どこから生まれ、どうやって創り出されているのか?今回のAssistOn inFocusでは、そのABITAXの魅力に迫ります。

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ABITAX訪問記


2007年1月10日、アシストオンでも創業以来の定番商品である携帯灰皿「Outdoor Ashtray」、そして「Key Case」など、わたしたちが毎日携帯するための小物のデザインと製造を手掛ける、ABITAX(アビタックス)をたずねました。

イタリアで10年間プロダクトデザイナーとして活動されていた山口和馬さんが1986年にイタリアから帰国後、1990年にABITAXは設立されました。メーカーとして自社の製品を手掛けるほかに、オートバイや自転車のブレーキやオゾン発生装置など他メーカーのデザインも手掛けています。

1994年には自社開発として始めての製品となった「Outdoor Ashtray」は超ロングセラーとなり、同年にはグッドデザイン賞を受賞。ベルリンのバウハウス・ミュージアムショップの選定商品にもなっています。ABITAXが創りだす製品はどれも機能美あふれ、長く使っても飽きのこないものばかりです。

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ABITAXのオフィスは東京都南青山のブティックやデザイン事務所などが集まる場所にあります。新しい年がはじまり、冷たい空気と心地よい日差しの中、表参道を抜け、根津美術館やジャズクラブで知られるBLUE NOTEのすぐ近くにそのオフィスはありました。

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入り口のドアにはノブとして「ABITAX Table Ashtray」の赤いクリップが付けられ、扉を開けると同社の代表でありプロダクトデザイナーである山口和馬さん、そして野崎順理さんはじめとするスタッフの皆さんが出迎えてくださいました。


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ABITAXのはじまり


山口:1986年にイタリアから帰国した後、日本の会社といくつか仕事を開始しました。イタリアでの仕事は、クライアントへのプレゼンには必ずその会社のトップが立ち会います。そしてその提案の可否について、その場で判断が下されます。もしその提案が気に入られた場合には、「このデザインが好きだ!この製品をつくりたい」と直接いってくれる。また、もしそのクライアントのテイストに合っていなかった場合でも、この製品やデザインは他社のあのブランドの方が合うのではないか、ということまできちんと話してくれる。これはイタリアという国の国民性にあるのかもしれませんが、それぞれの個性をとても大事にし、自分の基準を明確にしている。だからこそ、このように製品そのものについての評価ができるんだと思います。

それに対し日本では、その製品の企画が進行する、最終的な段階になってから上層部の方にあらためてプレゼンすることが多い。そしてその場所には、製品やデザインそのものの善し悪しを判断できる人はおらず、返ってくる言葉は「これは売れるのですか?」ということだけ。これでは自分が本当に良いと思ったデザインが出来るわけがない。こうして、今までのイタリアでおこなってきた仕事のやり方との差を痛感し、良いもの創っていくには「自分でやるしかない」と思ったわけです。


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Outdoor Ashtrayの誕生まで


野崎:今(2007年)から13年前の1994年に発売になった最初の製品「ABITAX Outdoor Ashtray」は、開発を始めてから販売までに2年もの時間が掛かったんです。

発売の2年前の1992年頃、私も山口もフライフィッシングに凝っていて、毎週のように釣りに出掛けていました。ふたりとも煙草を吸いますが、釣りの道具や着るものにはおしゃれなものが多いのに、灰皿はというと欲しいと思うデザインのものがなかった。使い捨てのようなものだったり、匂いが服についてしまったり、持ち歩くと中の灰がこぼれたり。それで、自分たちが使いたいと思うアウトドア用の携帯灰皿を作ろうと思いました。これが製品をつくるきっかけでした。

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山口:「Outdoor Ashtray」のボディーはアルミニウム合金でできているんですが、当時はスパイ映画に登場するカメラとして知られる、ドイツのMINOX(ミノックス)の超小型精密カメラにも凝っていました。ボディーのアルミ加工技術や深みのある、ぬるっとした質感に魅せられ、これから作るものも同じような仕上げにしたいと最初から思っていたんです。ですから製作の打合せの時は、製品のテイストが伝わるようにと、サンプルとしてMINOXをよく持ち歩いていましたね。


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Outdoor Ashtray 製作はじまる


これが最初に作った木製の模型です。僕はたばこの吸い殻をたくさん入れたいと思って、この8cm位で作ってみたんですが、模型を見た他のスタッフから「大きすぎる」という意見もあり、手で持ったときにしっかりと握りやすい、現在の6cm程のサイズになりました。実際につくってみないと分からないことが多いんです。自分で模型を作っては、使い勝手やサイズ、構造などひとつひとつ検証していき、修正を繰り返します。

そうしてようやく、プレス工場に持ち込んで試作を始めます。この工場探しも大変でした。「こんなのは難しくてつくれない」と何件もの工場に断られ、やっと最後に出会った下町の工場が「うちなら作れるよ」と言ってくれたんです。

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この製品のプレス加工は簡単にできそうに見えますが、実は何工程にも分けて、少しずつプレスしていかないと出来ません。手間を省くために1回のプレスで済ませようとすると、角に穴が空いてしまうんです。この上蓋だけでも4〜5回の工程はあります。以前、別の会社が近代的な設備で科学的に加工できるというので、お願いしたことがありますが、うまくいきませんでした。結局、近代的な技術も、職人の技にはかなわなかったんですよ。

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その他のパーツやパッケージも同様に、模型と検証を繰り返しながら進めていきます。「いいものをつくりたい」と、ただその思いで作っていたら、2年が掛かってしまいした。

時間をかけるのと同時に当然コストもかかってくるわけですが、携帯灰皿といえば使い捨ての500円程度のものしかなかった当時、素材費や製造コストを計算した結果、税別で2,900円という値段で販売することになりました。発売前に広告代理店に勤める友人や回りの皆に「そんな値段ではゼッタイに売れるわけがない」と言われましたね。普段使いの小物で「高くてもいいから良いものをつくる」というコンセプトの製品や会社が当時はまだなかったんですよね。今でもあまりないですけど。

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野崎:自分たちで営業や販売をするのは初めてのことだったので、まずは広告を出すことにしました。現在は休刊となっていますが、アメリカのアウトドア雑誌として人気のあった「FIERD&STREAM」の日本版に誌面の一面全体にイメージ写真を載せ、下の方に小さく問い合わせ先を載せました。翌月号には製品のくわしい説明文を載せたものを出したんです。

広告を出したのはABITAXの歴史の中でこの時だけで、これをきっかけにインテリアやデザイン雑誌などからの取材を受けるようになり、ある雑誌ではその表紙を飾ることもありました。こうして注目を集めるようになって、製品がお店に並ぶようになったんです。

山口:この「Outdoor Ashtray」を世に送り出したことで、今までなかった携帯灰皿という新しいカテゴリーが出来たように思います。また私たち自身にとっても、「お金がかかったとしても、いいものをつくればきちんと売れる」ということを確信することができた製品になりました。

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※「FIELD & STREAM 日本語版」(1994年)


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素材と色決め


山口:これは「ABITAX KeyCace」の原型です。この「KeyCase」をつくるときに、ジャラジャラと音がして、鋭利なカドもあるカギを優しく包み込む素材として、フェルトを使いたいと考えていました。その時に「こんな素材感はどうか?」ということで、ウールの原毛を使って女性スタッフがつくってくれたものが、この製品の原型になりました。

しかし普通のフェルトを使ったのでは、製品の素材として弱すぎることが分かりました。ほかに良い素材はないかと業者を探していく中で、毛糸で編んだものをさらに収縮加工するという方法があることを知ったんです。この加工法はけして新しい技術というわけではないのですが、最近の工業製品として使われることはなかったそうです。収縮前は大きく柔らかい感触が、収縮した後では密度がぎゅっと詰まることで、ウールのもつ独特な手触りは残しながら、たいへん丈夫な素材になるんです。

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豊富なカラーバリエーションもABITAXの特徴のひとつですが、特にこの「KeyCase」や「ABITAX "Pocket"」のシリーズの製品では、2つの色を使用しているので、なるべく現代的な配色になるように気を付けるようにしています。

色を決めるときは、とにかく自分が好きな色を30色から40色くらい、どんどんスケッチブックに塗っていくんです。そして最終的に色を決定するときは、より製品になったときの素材感になるようにと、紙ではなく実際にフェルトに色を塗り、全体的なバランスも考えながらさらに検討します。ここまで、色のサンプルを徹底的に作るメーカーは他にないかもしれませんね。

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納得のいくものをつくると心地よいものができる


野崎:どんなものを作るかを決定したら、まず山口がスケッチを描きます。その後、実際に製品にしたときと同じように、パーツ毎に分かれる模型を作り、大きさや使い心地、構造なども検証していきます。何度もつくり直し、こうした後に、工場で少ないロットで実際に製作をスタートしてみます。

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そして少なくとも3回は少ロットでの試作をおこない、その度に問題点や使い心地など検証し、改良をしていきます。細かいところなど、顕微鏡を使っての精度をチェックして、製品によっては10回くらい試作することもあります。

試作の段階でコストと上がると言われたとしても「いいものが出来るんだったら」と、踏み切りますね。それがパーツひとつであっても、です。時間はかかりますが、納得のものができるようになったら、そこから販売できる製品として量産を開始します。

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ABITAXの製品は、ほとんどが自社開発のオリジナルパーツを使っています。各パーツが手元に納品されると今度はわれわれスタッフ自身が検品をおこない、製品の組み立てや動作確認、パッケージに収めるところまで、ほとんど自社でおこなっています。

製品のデザインだけではなく、実際にパッケージに収めるまでの行程を自分たちでおこなっているから、パッケージひとつとっても手を抜かず、見かけだけではなく、製品の組み込みの作業効率までの流れを考えてデザインします。

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山口:他のメーカーでは製品デザインとパッケージデザインが別の人がおこなうことが多いのですが、製品デザインからパッケージデザインやカタログに至るまで、総合的に考えられていることがブランドイメージにも反映してくると思うんです。ですから、これも手が抜けないですね。

製品が出来上がる最後の最後の段階であっても、あと100円価格に上乗せするか、しないかで、製品がガラッと変わるんですよ。でも、良いものがつくれるんだったら、迷わず上乗せしちゃいますね。そういうところが、ABITAXという会社なのではないかな。

小さい会社なので僕の意志がストレートに出せるというところもありますが、いいものつくれば使い手にちゃんと伝わると思っているんです。

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製品をデザインするとき、「ロングライフであること」「自分が使いたいと思うもの」「今まで見たことのないようなもの」をつくりたいと思っています。

単に形状をデザインするのではなく、使い方が面白いかったり、新しいと感じるものをつくっていきたいんです。「同じ機能の製品に興味がなかった人でも、この使い方に共感するから買いたいと思う」そんなものづくりを心がけています。


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インタビューを終えて


10年以上前(取材当時)のことになりますが、私が初めてABITAXの製品に出会ったとき、デザイン性や製品の精度、パッケージに至るまで、きめ細やかな仕上げに目が留まりました。その時は海外のものなのかと思っていましたが、何年か経ってから日本のメーカーであることを知り、とても感激した記憶があります。

ABITAXの製品はどれを見ても、いつも新鮮に感じます。決して突飛なことをしているわけではないのに、変わらない心地よさがあるのは、自分たちの手で、ひとつひとつ納得のいくものをつくっているからこそ。今回、取材をさせていただいて、そう思いました。

つい先日もAssistOnの店頭で「ABITAX "Outdoor Ashtray"」を手にされたお客様が「新製品ですか?」と尋ねられることがありました。日本では毎年のように新しく作り替えられる製品が多い中で、発売されてからすでに13年も経っている製品であるという事実。しかし、使い手にとっては、形ではない使い方に新しさを感じていただけたのかもしれません。

インタビュー 斉藤有紀(AssistOn)2007.01.17


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編集後記

AssistOn inFocusの人気記事から名作選、として復活させました。この記事は2007年1月 アシストオンWebに掲載したものです。

インタビューから10年以上経ちましたが、ABITAXのアイテムはAssistOnの定番商品として現在もなお人気があります。長く、多くの方々に愛用されてきた、ABITAXのその品質を、ぜひお手にとってお確かめください。

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ABITAXの人気アイテム

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ABITAX Outdoor Ashtray (詳しい情報と購入はこちら)


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ABITAX Pocket (詳しい情報と購入はこちら)


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ABITAX TagLight  (詳しい情報と購入はこちら)


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