記憶力

更新したと思っていたものが下書きにあるというのは
よくあることです。

僕の日記なんてたかがしれています。
日日戯言、思ったままを気付いたママを、思い出したパパを
綴っているだけのことです。



「記憶力いいですよね。」

十代の頃からよく、他人に云われてきました。
おっしゃることは理解出来ますが、自分でもそうだと
思いますが、競ってもいないですし、比べようもないもの
なので、そして、それがどの程度かも分からないので、
「ああそうですか。」で、その度終わります。

目印を記憶させるようになったのは小学生の頃からです。
その頃の記憶が始まりで、なので、その頃に既に記憶のあった
ことははっきりと思い出せます。
2歳の頃の記憶が一番古いそれです。


幼稚園児の頃、目印をつけるようになりました。
記憶の目印です。
記していたらフラッシュバックしました。
最初は住んでいた団地から離れたマンションです。
知らない場所のエレベーターに姉と僕の2人で閉じ込められました。


エレベーターの開け方を3歳の僕も姉も知らなくて、
なので、僕はただ泣き叫ぶだけでした。


何人かで何処かに出かけると、よく置き去りにされました。
なので、目印をつけるようになりました。
曲がり角などの分岐点を記憶する様になりました。


「死にぞこない」に触れた箇所です。
小学4年生の正月、国立競技場へ高校サッカー決勝戦を観に行きました。
花見川区からバスに乗って5km離れたJR新検見川駅まで行き、
そこから総武線に乗って千駄ヶ谷駅まで、駅から国立競技場までの
道のりも、なので、行く時に目視して記憶していました。

新検見川駅のバス停の景色、そこまでの道のり、駅の階段周りの
景色、勿論ホームから見えるそれも。

それだけではありません。

そして、国立競技場で決勝戦を見終えた頃、辺りを見渡すと
先生や部員等はいません。
段段と少なくなっていって、一度は駅まで行って戻ると競技場には
誰もいなくなっていました。

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特にお得なことはないかもですが、でも、僕が 思うこと、感じたことなどを日日綴ります。

100戦してこれまでの減量や試合にまつわる客席からは 感じることのできないことなどを 綴れたらなと思います。 なんの参考にはならないけれ…

これがなんのことやらか、ようやく 理解しました。 どうもです。 頑張ってホームラン打とうと 思います。