テレビ番組な話「M‐1グランプリ」

勝負は最後まで油断してはいけません。
「諦めたらそこで試合終了ですよ。」
安西先生もいいました。
その通りです。

油断大敵、肝に銘じて生きていきたいと思います。


2019年のその日、2年前の朝、帰宅して前夜観れなかった
M1を再生しようとテレビをつけました。


ボクシングの世界戦とドローです。
他にも例えがあるのでしょうが、これが自分にとって一番
多く、そして分かりやすいそれだと思うので、その説明で
行います。

楽しみにしていた世界戦、どちらが勝つか予想して、でも、
結果と内容を楽しみにして家路に着くのが好きです。
楽しみの前振りとでもいいましょうか。
既に試合が終わっている時間でも敢えて知らないまま帰宅して
録画したそれを観ることが好きです。


M‐1はよく見ます。

第1回から存在は存じていましたが、観るようになったのは
2005年からになるでしょうか。
そして、その面白さに取り憑かれるのです。

そして、TSUTAYAで第1回からレンタルして観て、自分の
中で色色と考え、想い、感じます。

1度目はネタのみを観て、2度目以降は好きなコンビのネタを
繰り返し観て、幾度も飛ばした審査員のコメントにも耳を
傾けて感じ、勉強し、自分の考えも訂正しながら観直すのです。
観る勉強とも思いますし、楽しみ方のそれとも思います。

映画の感想などもそうですが、その人の感想や考え方と自分の
それを照らし合わせることが好きです。
自分の中での思うことですから、それが正直であり正しい
のです。
著名な方の批評でさえ、受け入れないこともあります。
でも、見ているうちに理解し、感じ取ることが出来ていなかった
ことを認め、反省します。

2005年から2007年まで、2019年が全体を通して好きですが、
気に入っている出演者の気に入ったネタを繰り返し繰り返し
観るのも好きです。

一度、そのものがなくなって、再開してからも毎年録画して観ています。
録画し忘れた回もありますが。

でも、テレビではなく、ネットで観るようになったここ
2年近く、頻繁に過去のを観ています。
YouTubeで怪談を聞きながら眠るのが好きなのですが、
お笑いのネタも聞きながら眠るのも好きです。
他にも好きなそれはまたそのうちに記します。

勿論、何度も何度も観ている映画を観ながらの催眠も好きです。
そして、M‐1も観ながら眠るのが好きです。
翌日、記憶のあるところから観直したりもして。


2019年、忘れずに録画予約して翌朝帰宅しました。

ボクシング中継同様、結果を耳にしない様に人混みでは
注意して、一度もiPhoneも開くことなく帰宅することに
成功しました。

1ラウンドのゴングも鳴っていないというのに勝ったかの
高揚感、何でしょう?
食べたかった料理が目の前に運ばれてくるかのようなそれ
です。

減量中、どこのそれであれ、口に入れる前に到達したかのような
喜びを味わうことがあります。
そんな感覚に非常に似ています。

これまでの人生で、そこに辿り着くことすら出来なかったことが
沢山あるからです。
道中や電車の中での人の会話などで知ってしまうことの
敗北感、腐る程あります。
うっかり、iPhoneを開いて結果を知ってしまう場合も同様です。

自業自得、この時程素直に親から散散耳にしたこの言葉を
素直に受け入れて反省することはありません。

でも、勝ちました。
無事、結果を知らずに観ることが出来るのです。
まだ、第1ラウンドのゴングが鳴る前に勝ち誇ります。

しかし、結果が出る前に勝った気持ちになった自分に神様は
憤慨したのでしょう。
そして、僕に試練を、そう思ったのでしょう。

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映画な話

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映画やドラマなどを観た感想を 自分の視点で記します。

これがなんのことやらか、ようやく 理解しました。 どうもです。 頑張ってホームラン打とうと 思います。