酒々井

17日18日の日記です。

挫折するのは3回目になります。
2012年に始めて、結構な数走ってきたと思います。
競争ではありませんが、最後の50kmがまた辛いのです。
3年前から途中で会員と合流しながら走るということを
行ってきていますが、これが中中難しいのです。

今回も前回同様、50km地点の成田空港裏から合流組と
70km地点の八日市場からの合流組、それと、飯岡での
残り20kmでの3箇所での合流になりました。

3年前同様にみんなと合流しながら銚子を目指します。
これが結構な辛さです。
3年前は八日市場からのみでしたが、70km走った状態で
スタートです。
体力差違いすぎます。
物足りなさを感じさせたら嫌なので一杯一杯です。

1人でもそうですが、長距離を走る際に所所に目指す場所を
作ります。

名前は知っています。
酒酒井と記して「しすい」と読みます。

長いこと千葉県には住んでいますが未だに詳細は知りません。
出不精なことは分かっています。


成田まで走る際、毎回通過するのですが、でも、その駅を
利用したこともなく下車したこともなく、なので、景色
すらしりません。


iPhoneを持つ様になり、ようやく通りから駅への道のりを
覚えました。
京成線とJR線と並行しているところが多くあります。

その為、双方のいずれも付近な場所を便利に思い、住居に
優先すると思います。
双方が近くにない場合何らかの便利さ加減を優先してそこに
住むことになるのでしょうが、でも、両方あることが羨ましく
電車脚の人はなるのではないでしょうか。

「ここ曲がったところに駅あるのね。」
大晦日、成田に向かう際に51号線向こう側にあるJRと
反対側手前にある京成線を見て毎年思う様になります。


ゴールドジム成田店でスクール指導をしていた時の話です。
何年前になるのでしょう。

「自分、買い物に行った時にそのお姉さん働いていましたよ。」

会員らは口を揃えます。
田舎の方が逆に行動範囲が狭くて、なので、そうなるの
でしょうか。
狭いというのは土地のではなく、人が集まる選択肢の数少なさを
指します。
酒々井から成田は二駅程度ではあれ、離れています。
成田は、基本みなさん車足だからなのかもしれません。


数年前、姉が実の弟を殺害したという事件がありました。
凄く気になって、今だに調べたりしています。
僕も姉と2人姉弟なので、感情的なことなどがとても
気になるのです。


大晦日、酒々井の駅周辺を通る度、加害者と被害者の
思い出の視線を想像したりする様になります。
知らない道や初めて通る道などで日常的にその道を使う
方らの視界を想像する癖が幼少期からあります。
夜であれば仕事帰りや学校帰りなどの会社員や学生の
視界、朝なら通勤通学で使う方らの視界や心情を想像することが
好きです。


妄想であったり想像するのが好きなのです。


幾度も幾度もその姉弟の生活を想像しました。
楽しいこともあったでしょう。
笑ったこともあったでしょう。


あの事件以来、年に数回そこを通る度にそんなことを考えて
しまうようになりました。
年末年始成田山まで走る時も、一昨日も銚子を目指して酒々井まで
走った時も。
成田方面に向かうのは元旦以来になります。
成田に向かう時は終わりが見えてくる後半ですが、この日は
違います。
銚子です。
銚子に向かう際、酒々井の交差点を夜明け前に通過する
のが毎回の目標です。
夜明け前の酒々井から先の296号線は足元も見えない
真っ暗な場所が続きますが、時間を考えると真っ暗なうちに
通るのが正解です。
最初の合流地点成田空港裏に7時だったのでそれに間に合う様、
少し余裕を持って進みましたが、でも、準備不足が響いて
完走は断念し、ショートカットすることにしました。


3年ぶりになります。
初めて会員等と走ることにしたその年の夏、酒々井付近で
八日市場での集合時間に間に合う自信がないため酒々井で
諦めて八日市場から銚子まで会員等と走りました。
昨年は成田空港で合流は出来たのですが、八日市場で
断念しました。
準備不足、下地作りが出来ていなかったのです。

一昨年は台風直撃の大雨のなか八日市場まで向かいました。
流石にこの雨なら中止かなと、でも、八日市場まで出ないと
帰れないので走りました。
駅がないのです。
路肩も道路も足首まで水溜りが出来る程の豪雨でした。
でも、八日市場に着いたら雨が止んで走りました。
そのまま一昨年は銚子まで走ることが出来ました。

昨年失敗したので今年こそ、そう思っていたのですが
準備不足は分かっていたので、少しでも早く目的地を
目指します。

準備不足、40km以上走る場合は前もって20km以上の
距離を数回行います。
成田山まで走る場合は20kmのスカイツリーや30kmの
靖国神社や後楽園などを目的地にして。
100km程走る場合は成田山までの40kmちょっとや
似たような距離を数回行うのですが、それを今年も怠って
しまいました。
終戦の日に靖国神社まで走るので、それが準備の1つでしたが
今年はそれを怠ってしまいました。

下地作りがないと限界が早く来ます。
股関節、背中や腰、足です。
「足腰」の言葉の意味を思い知ります。

夜明け前に酒々井に到着したのですが、空港裏に間に合っても
そこから参加する会員と八日市場まで走る自信も、走り切った
後に、そこから合流する会員等と銚子まで走れる気がしませんでした。
八日市場で断念するなら八日市場で合流する会員らと
銚子まで今年は走りたいと思ったのです。

JR酒々井駅に足を運び始発を待ちます。
駅前のコンビニも来たことがあるのかもしれないなどと
考えながら軽食を買い、駅ホームに降ります。
着た電車に乗ると、それは佐倉方面ではなく成田方面行きの電車でした。
佐倉に一駅下り、そこから八日市場駅を目指すはずでしたが、
でも、成田方面の電車でした。

成田からですと反対周りになります。
電車は次の停車駅、久住に向かっています。
そこで諦め、断念しました。
亡くなった後輩の墓参りに利用する駅です。
なので分かっています。
1時間に1本しか電車は着ません。
降りて成田方面に戻るにも1時間は着ないはずです。
そして、無人駅です。
自動販売機もありません。
ガラガラの電車は空調も効いていて、このまま座りっぱなしで
足を休めたかったということもあり、そのまま銚子方面に向かいます。

始発付近の電車に乗ったのに8時前、予定よりも大分遅れて
八日市場に着きました。
リュックを枕にしてロータリーのベンチで眠っていました。

10時に八日市場駅前集合でした。
約束よりも少し早い時間に八日市場から参加の会員に
起こされます。


他の参加者を待ちます。

少しして成田空港裏スタート組が到着しました。


のんびり進みます。

途中、高根さんと連絡を取りながら進みます。
今回も銚子犬吠埼から走って迎えに来たのです。
そして、一緒に走って銚子に向かいます。

でも、分かっていた通り、身体に無理を感じました。
遊び半分ではありませんが、これは遊びです。
無理をする必要もありません。
僕に合わせて僕を辿り着かせるために走ってもらう様な
感覚になってしまうのが嫌で、そこで僕だけ中断して、
参加者等で銚子に向かってもらいました。



僕はそこから駅に向かい、電車で銚子に向かいます。

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特にお得なことはないかもですが、でも、僕が 思うこと、感じたことなどを日日綴ります。

100戦してこれまでの減量や試合にまつわる客席からは 感じることのできないことなどを 綴れたらなと思います。 なんの参考にはならないけれ…

これがなんのことやらか、ようやく 理解しました。 どうもです。 頑張ってホームラン打とうと 思います。