映画な話「ロスト・バケーション」
映画サーフィンしています。
好きな、気に入った作品に出演する俳優や女優、監督から
サーフィンして関連作品を観るのが好きです。
今は、一一控えなくて調べなくてよいから楽でいいですね。
武市好古氏が健在なら、今の世の中にどんな不満をいうのか普通に
楽しみで想像してしまいます。
直接面識などございませんが、でも、お子さんからその
話を聞く度に胸がときめくのです。
「エンターテイメント」
そう表記するだけで、彼の感情は発砲します。
「エンターテインメント」こそが正しい表記と綴って
います。
ビデオやレーザーディスクにも物申していたから、きっと
DVDや今のネットで観れる世の中に対してどんな感想を
持つのか知りたいところです。
僕と同じAB型といいます。
よく、想像しています。
競馬にも傾倒していて、著書には寺山修司氏との思い出
話や、映画や競馬に関することが沢山綴っています。
気になる俳優や女優、監督の作品に触れると、僕は昔から
サーフィンします。
勿論、僕だけではなくそんなものは当たり前でしょうが、
なので、パンフレットは欠かさず買います。
記憶出来なくても名前を控えて、それまでの作品やそれからを
知るのに、記すのです。
思い出せそうで思い出せない。
そんな苦労や、全然違う話と混じっていたなどという
戯言は、今の人には同意出来ないのに聞かされるただの
聞くだけ無駄な時間でしょう。
誰から跳んだのか分かりませんが、面白そうなので
観ました。
ただ大して表情も崩さない女優を映しているだけのサスペンスや
ホラーなど観たくもありません。
内容も知らず、でも、それっぽく思ったのでやはり、
事前に用心しました。
少年が波打ち際でヘルメットを拾います。
登頂部には小型カメラが設置してあり、サーファーが
撮影したかのようなものを子供といっても子供料金で
間違われない間違いなく子供くらいです。
6・7歳、最初にそう記せばよいのですが、でも他に
例えてみたかったのです。
ええ、AB型ですから。
何やら物騒模様が映し出され、少年はそれを持って走ります。
きっと、父親だかに報告する為ではないでしょうか。
物語はそこから始まります。
序盤に種を撒いて、そこに繋げるやり方はいつ以来でしょう。
亡き母の思い出のメキシコの海に主人公ナンシーはサーフィンに
訪れます。
秘境のような穴場の場所にヒッチハイクだかで辿り着きます。
帰りはどうするつもりだったのでしょう、その説明が凄く欲しくて
でも観続けます。
海も綺麗ですし、サーフィンを出来ない女優を使ってその場面だけ
違うとかではなく、乗っているシーンとか見ると日本の映画では
こういうのがあったらいいのにな、などと考えてしまうたちでは
あります。
ボクシングをちょっとだけ練習しただけでプロボクサーを
演じてしまったりするのを見ると、肩の力が抜けます。
日本のそれは、スケジュール的に等等、きっと無理があるのでしょう。
勿論、それ以外にも。
サーフィン中の海中からのシーン等は普通に凄いなと楽しめて
しまったのは僕がそんなに海に纏わる作品を観ていないからなの
かもしれません。
サーフィンをやっている最中に、ええ、その「もなか」に
鮫に襲われるという話です。
目視できる海岸との距離の浅瀬で巨大な鮫は出ないような気もしますが、
映像全般で楽しめてしまいます。
鮫に嚙まれた傷口や他、生生しい映像などで見入ってしまいますが、
でも、実際は未だにジョーズの残像というか印象というか、鮫という
生き物に対する固定観念が残っていて怖がっているのだろうなという
気もします。
その頃からの固定観念が根付いてしまって、そのまま更新されること
なく着てしまっている考え、鮫以外にもあるような気がします。
鮫という生態など知らない人が大多数だからということも
あるでしょう。
架空のゾンビですら、固定観念というか少し前まで顔を傾けて唸って
足を引きずって歩くそれに従って、どの作品も描かれています。
一度死んでいるのに頭や心臓を撃つと再度死ぬ理屈が理解出来なくて、
それでも死なないゾンビがあって然るべきだと思っています。
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キックボクサーな日常と、立嶋な日常
100戦してこれまでの減量や試合にまつわる客席からは 感じることのできないことなどを 綴れたらなと思います。 なんの参考にはならないけれ…
これがなんのことやらか、ようやく 理解しました。 どうもです。 頑張ってホームラン打とうと 思います。