映画な話「南極料理人」
尻取り日記で使いたいところでしたが、終わってしまうので、
単発で記します。
原作と肩を並べたことがあります。
書店の平積みで、ですが。
でも、知名度や販売数で、相手にもなりませんでした。
そして、映像化され僕の書籍は跡形もありません。
誰とも競っていないので、なんとも思っていないのですが、
でも、励みになりました。
原作をずっと気になっていたので、それが映画化された時は
楽しみにしていました。
内容は知らないけれど、タイトルからして面白そうです。
タイトル通り、南極観測隊の物語なのですが、その観測隊の
食事担当の料理人が主人公です。
堺雅人が主演です。
それだけでもよいのですが、出演者がよいのです。
勿論、内容も素敵です。
南極で働く人らの生活をコミカルに、現実的に描いていると
思います。
雪景色以外、だだっぴろさだけしかないその大地に建てられた
小屋の中で起こる数数の些細な出来事、それが想像出来る
だけに楽しいのです。
食べ物しか楽しみはないですものね。
それがよく分かるのです。
観ていて分かるそれもあれば、自分にしか分からない
減量中などのそれと比べて分かるのです。
喜びとか、自分の時のそれと置き換えて思い出したり、
感情だけでなく、味を想像して、そして、喉を鳴らすのです。
勿論、食材もあるでしょう。
ええ、旨さを感じるための条件です。
でも、それだけではないのです。
1屯程、減量してきた僕がいうのだから間違いありません。
人間はその時の条件によって、より旨く感じることが出来る
のです。
それくらいは個人差があるとはいえ、誰もが経験あること
と思います。
だから、好評なのでしょうが。
水が飲めない状況で口にする水、ごく僅かのみ許された
目の前の僅かな食事、それらを口にする時の味覚以上に
訪れる感謝と身体ごと感じる其其、大金叩いても味わうことは
出来ない感覚です。
満たされた肉体と、肥えた舌では、たった水一口で首筋に
鳥肌は立たないのです。
これは、こちら側の表現ですが、長期間何もないところで
生活をすれば、食べ物はあっても独特な感覚になるでしょう。
そこを自分の感覚と思い比べて、観ながら腹を減らすのです。
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キックボクサーな日常と、立嶋な日常
100戦してこれまでの減量や試合にまつわる客席からは 感じることのできないことなどを 綴れたらなと思います。 なんの参考にはならないけれ…
これがなんのことやらか、ようやく 理解しました。 どうもです。 頑張ってホームラン打とうと 思います。