かれかん!〜素敵な彼に癒やされて〜SS︰緋彩編
フリーゲーム「かれかん!〜素敵な彼に癒やされて〜」。
登場キャラクター・緋彩(ひいろ)に焦点をあてたSSです。
興味を持たれた方はゲームをプレイしてみてください!
(※女性向けです)
◆緋彩の話
ーー最初は、どうでもいいと思っていた。
「……ここしかあいてねぇな」
いつもはサボってばかりいる講義。緋彩は珍しく、ちゃんと教室に来ていた。
大学生になってからというもの、緋彩は遊び歩いていた。親は甘やかしてお小遣いをくれるから好きなことに使えた。授業があるときでも平気で国内や海外旅行に行ったりしたし、ギャンブルもやってみた。
地頭はいいからなのか、普段から勉強していなくても指定された教科書を眺めていれば、ある程度は初見でも問題が解けた。だから、手抜きの学生生活を送るのは当然といえば当然だった。
そんな彼だが、二年目にしてだんだん飽きてきた。遊び歩く生活に。
本来なら勉強の息抜きに遊ぶものだが、緋彩の場合は逆だった。
「おい。隣、いいか」
声をかけたのは、普段なら相手にしないような地味な女の子だった。
彼女は緋彩の顔を見上げる。
「どうぞ」
「……おう」
微笑んでうなずく彼女にいわれ、緋彩は素直に座った。こういう地味な人は、たいていすぐ席を離れる。別の場所に行くのだ。
だが、彼女はそうじゃなかった。
そのままぼーっと、前方にある黒板や時計を眺めている。開始まで、あと五分なのに教授はまだ来ない。
「……お前、いつもここに座ってんの?」
「え? えっと、はい」
「敬語じゃなくていい。めんどい」
「そうですk……じゃなくて、そっか。ゼミは違ってた……んだっけ?」
「ああ。そういや、ゼミもサボってばっかだったな……そろそろちゃんと出たほうがいいか」
「……あ。てことは、緋彩くんでしょ」
「あ゛?」
彼が睨むと彼女は慌てたように両手を小さく左右にふった。
「違うの、悪い噂じゃなくて。なかなか来ないけど、成績はいいからどんな人なんだろうねって、みんなが」
「みんな?」
「……私と同じゼミの人」
「へえ。お前のゼミには俺みたいなのはいねえってことか」
「派手な人がいないわけじゃないけど……」
もごもご。口ごもってしまう。
緋彩が普段は話さないように、彼女もまた、普段は緋彩みたいな人とは話さないようだった。
「……確かに、俺は緋彩だ。お前は?」
「私は……」
自己紹介をする彼女の名前を聞いて、緋彩の眉間にシワがよった。
「……何? どうしたの?」
「蒼樹から聞いたことある」
「知り合いなの?」
「共通のダチがいるんだよ。あいつと同じマンションに住んでるだろ?」
「学生マンションのこと? うん、お隣さんだよ」
「てことは……それなりに親しいわけだし、何もないわけないよな?」
「なっ、何もないよ!」
先程のように慌てて、いやどこか照れたように否定する。
もし蒼樹のものなら、このまま同級生でいようと思ったが彼女は否定した。
「ふぅん。お前みたいなの、俺の周りにはいねぇんだよ」
面白いかもしれない。
尻軽で扱いやすいこれまでの女性とは違い、年相応で思考が分かりにくい、でも感情が分かりやすい同級生の女の子。
「よろしく」
「……? よ、よろしく……?」
急な挨拶に驚いた顔をしながらも、彼女はうなずく。そこでようやく教授が入ってきた。
授業が始まるかと思いきや、教授が何やら話す途中で彼女が小さく声を上げる。
「あっ」
「……なんだよ」
視線をやると、緋彩の方をおそるおそる、といった様子で見つめてきた。
「……ペン、かしてもらえませんか」
「はあ? そんなの俺が持ってるわけないだろ」
「ええっ!? 何しに来たの……?」
「お前こそ書くもん忘れるとか何しに来てんだよ」
「そこ! 私語は慎みなさい!」
言い合いが加速する――と思いきや、すかさず教授が一喝する。
「……はい」
「チッ」
おとなしく返事をする彼女とは違い、緋彩は舌打ちをする。教授は彼の方だけを厳しい目つきで見たが、すぐに教室全体を見渡すように顔を動かした。
緋彩がめんどくさそうに姿勢を崩す中で、横に座っている彼女は一生懸命携帯のテキストアプリで入力している。
――写真にとればいいのに。
そう思いながらも、あえて助言はせずにそのままにしておくことにした。なんだか、一生懸命な様子を見ていたくなった。……見守りたくなった、ともいう。
誰にも分からないように、ややうつむいて、ふ、と微笑む。
緋彩が大学に来る理由が初めてできた。
――「緋彩の話」終わり