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ピンクベージュ


ちょっと前はこうだったよとつい言ってしまい、そのちょっとが10年前だったりして笑い合って本当に驚く。
これからもっと歳を重ねて、ちょっとの幅が増えていくんだろうか。
だって、今年もすでに7ヶ月過ぎてしまった。

いぬが自分のクッションをおりて、床にゴロンと寝転がった。
床の方が冷たいと知っているから、エアコンをつけていても夏はときどきそうしている。
最近はじぶんから遊ぼうとボールやお気に入りのおもちゃを出してくることもなくなった。まだまだ元気だけれど、そして、走ったり取り合ったり、引っ張りあっこもきらいじゃないけど、面倒だよね。という感じ。わかる。わかるよ。
いぬの時計はひとより早くすすむ。
わたしがいっしょに寝転がって顔を見ると、ん。なあに。とのぞきこんでくる素直な瞳の奥の方が、ほんの少し、白く濁り始めている。
ずっといっしょにいようねと無防備なオナカを撫でる。満足そうに目を細めて今にも寝入りそうだ。こうしている間にも、彼女の時計の針は私たちの3倍くらいの速さでクルクルと回っている。
どうして同じスピードで歳取れないんだろうとせつなく思う。

今回の感染症で親を亡くした子どもが世界中でものすごい数になっていて、という記事を読んだ。
どうせ不老不死は叶わない。
それはわかっている。
最後のその道は誰もが一人で歩んでいくとわかっていても、そのときにわたしは覚悟を決められるんだろうか。
いやいや、もしかしたら不思議なことに、わたしだけこれから歳を取らず、死なないかもしれないじゃん。
とふと思ったけど、そうだったとして、まったく嬉しくないことに気がついた。
愛するひとや友だちが去っていく中、独り長らえても虚しいだけのような気がする。それとも、そうなったら、そんな甘い気持ちはあっさりと消えて、何百年も生きている大樹のようにどっしりと、まるで存在のないようなあるような、空気のように生きていくことができるんだろうか。
無理だ。
死なないなんて無理。
だから、できるだけのことをして、少しでもそれまでの間の時を鮮やかにしたり、やさしく温かいものにしていくしかない。
じぶんにも。
誰かにも。

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娘が美容院へ行って、髪色をピンクベージュにしてきた。
なつやすみだからいいの。だそうだ。
たしかに気分転換にはいいかも。
これも限りある時を輝かせるひとつの方法だと思った。

終わると思っていなくても、いつか、終わる。


なつやすみも。



何もかも。




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