タイムラグ
週末もオフィスに出て、忙しい月末月初を乗り切り、通常は休みをもらう平日なのだが、どうしても外せない打ち合わせが入ってしまい、午後から出勤することにした。
家を出た時はやっと冬が来たかという風の冷たさだったが、電車の中には日が射し込んで、ふんわりと暖かい。
数秒おきに交互に影を作る光が射すようにまぶしくて目を閉じた。
案内放送が途切れたあとは、ただレイルの音だけが響いて、眠気を誘う。
ふと目を覚まし、ぼんやりしていたが、気づいたらまるで知らない景色が流れている。
しまった乗り過ごしたかとキョロキョロすると、そこそこ埋まっていた席も今はまばらに何人か座っているだけだ。
次は終点と間延びした声で放送が入った。
やっちゃったなあと深く息をつきながら、終点に着くまでまだしばらくあるといいと思う。
陽だまりの中を走る電車の気だるい平和に浸っていたい。
ぎゅうええええきいいいぎやおううううう
すごい音を立ててブレーキがかかり、ゆるやかなカーブのあとに半分地下にすべりこんだ車体が静かに止まると、熱い蒸気が噴き出すような音がした。蒸気機関車でもないのに、なにかを燃やした後のごついためいきのような。
ごごごごごっしゅごっしゅごっしゅごっしゅうう
やけに湿度が高くてポカポカして汗ばみそうだ。電燈がないから暗いのに、ホームが水辺のように濡れているのがわかる。
今日は雨予報だったろうか。レインシューズなら思い切り踏み出せたのにと足元を見ると、なぜか靴を履いていない。裸足のつま先が触れたホームのやわらかさと温かいことにびっくりする。
耳を済ますと電車からはとっくに下りているのに、まださっきのレイルの音が遠くで聴こえる。
コトンコトンコトンコトンコトンコトンコトン
だれかの楽しそうな話し声がしているが、まるでプールの中で聞いているように鈍く響いて、なにを話しているのかわからない。
ああ。
また眠くなってしまう。
ホームのベンチに座り、寝転んだ。
こんなところで寝ちゃだめだ。
でも耐えられない。
あったかくて溶けてしまいそうに眠い。
ここは。
知っている。
知っているところだ。
前にも来たことがある。
まるくなって目を閉じて感じるのは。
わたしは寝転がったままぐるりと向きをかえた。
また楽しそうに笑う声がする。
最初の場所だ。
そうだ。
いちばん、いちばん、最初の。
わたしのすべてを包むやわらかくて温かい世界がドクンという大きな鼓動で揺れ、それに続いてわたしの心臓も小さくトクンと波を打った。