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川の水


そういえばあのときは特にあてもなく出発したんだったと、アルプス登山の入り口の美しい風景写真を目にして思い出した。

まだわたしが連れて行ってもらう側だった頃。
よく考えると、子どもだったんだから、本当にあてがなかったのかはわからない。ハンドルを握る父が、どこに行くか、何をするかは決めていないけど、とにかく出発しよう。と言ったから、そうだったと思っていたけれど、父母の間ではなんとなく決まっていたのかもしれない。
でも、そんな風に旅に出る楽しさが車内に満ちていた。
当時は景気もよく、父も若かったから残業が当たり前で、顔を見られるのは夏休みといえど週末のみ。あてのない旅は夏休みの行楽にドライブでもと考えてくれたのだろう。

車内では妹と指ずもうをしたり、しりとりをしたりして過ごす。
飽きたら、流れる景色を見ながらお菓子を食べて、みかんを食べて、そんなつもりはないのに寝てしまって、そんなことを繰り返して、車がバックしながら停車する音にうとうとと目を覚ましながら、着いたよーと言われて目にした景色は、本物なのかなと思うくらいに美しかった。
細かいことは忘れてしまったが、川のほとりを歩き、10秒も手を入れていられないほど水が冷たかったことを記憶している。真夏に予想しなかった感覚に、思わず、冷たあい!と大きな声が出た。
移動から解き放たれて、軽くなった身で楽しく遊んで、すぐに夕方になってしまって、父もさっき着いたのにもう帰るのかと思ったか、それとも思ったより遠くへ来てしまって運転疲れが出ていたか。

泊まって行くか。

と父がつぶやいて、急にそんなこともあるんだと父母が地元の案内所のようなところで宿を探してもらうのを車で妹と待っていた。

いやいや参ったね。
そりゃそうでしょう〜。

とふたりが笑いながら車に戻ってきて、どうしたか聞くと、安い宿はどこも予約でいっぱいで、一番高いホテルの高い部屋しか空いていなかったとのこと。
夏休みの真っ只中、観光のトップシーズンであるから、まあそうなるだろう。
子どもにしたら、どこであってもお泊まりは楽しいものであるけれど、大人にしてみれば予定外の大出費。今月はあとはずっと納豆ご飯ねと母が言って、子どもたちは、ええ〜!と返してみんなで笑った。
高級ホテルに宿泊、というお財布はかなり痛いけれど、計画していたら絶対に起きなかったであろう事態に、まず父母がウキウキしていたし、そんな二人を見てなんだか嬉しかったのだった。

あの川にも今時分は雪が降るのだろうか。
きっと人気のない静かな冬景色があるだろう。
あのときより、きっと冷たい川の水の冷たさはどんなかと思う。

夏になったらまた行きたいな。




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