トイレを通して社会を考える | わたしとトイレ設計04 ~special column~
LIXILでは、「インクルーシブな社会・だれひとり取り残さない社会」の実現を目指し、さまざまな人が安心して利用できるトイレの提唱と、積極的な普及推進を行っております。(参考HP:LIXILパブリックトイレラボ ▶ 「トイレへのアクセスと人権を考える」 )
今回は「オルタナティブ・トイレ」をはじめ、ユーザに寄り添う「新しいパブリックトイレのカタチ」を考え続ける、永山祐子建築設計の永山祐子さんにお話を伺いました。
トイレを通して社会を考える
パブリックトイレ、この言葉には2つの相反する言葉が含まれていると感じる。
「トイレ」は究極のパーソナル空間。幼児時代を経たら1人になる空間である。それに「パブリック」という言葉が付くと開かれたパーソナル空間となるわけで、最もパブリックとパーソナルがせめぎ合う場が「パブリックトイレ」ということになる。
トイレ空間を考える、各々のきっかけ
2017年に新建築とLIXILの企画でジェンダーレス(※1)のパブリックトイレを考えるというお題を頂いた。思い返すとこの企画がきっかけでトイレ空間をそれまで以上に考えるようになった。
その後、LIXILとジェンダーレストイレ(※2)のあり方を一度具現化し、LIXILのオフィス内に実現するプロジェクトが立ち上がり、「オルタナティブ・トイレ」という私なりのトイレのあり方を考えるに至った。
このジェンダーレストイレ(※2)はパブリックとパーソナルのせめぎ合いの上に、ジェンダーにおける課題など、考える要素が増えている。
トイレはパーソナル、パブリック、ジェンダー、インクルーシブ等、私たちの社会を形作る重要な要素が入っており、最もその時代の公共の有り様を表しているのではないかと思う。
だからこそ、時々、施設のトイレのあり方がニュースとなり社会問題になることがある。
例えば私が外装、内装設計に携わった東急歌舞伎町タワー。
約7年間の設計と施工監理、コロナ禍も乗り越えやっと2023年4月にオープンした時に世間を賑わせたのは「ジェンダーレストイレ」に対するネガティブニュースだった。関係者としてはがっくりである。
私はこの部分のデザインには関わっていなかったが、施工中の様子を見る機会はあった。確かに色々と問題はあったと思う。
でもこのようなトイレは海外にも事例がある。
1つには場所との組み合わせが悪かった。
世界有数の繁華街、それも屋台が並ぶコンセプトの飲食階にある。
不特定多数、しかもアルコールの入った状態の人が使うにはやや配慮に欠けてたように思う。
また初めて訪れる人の多い中、サインの分かりにくさも相まって使用者にストレスを与えてしまった。これが、使用者が決まったオフィス階であればある程度成立した可能性はある。
コンテクストとの相性はとても重要だ。
SNS上のつぶやきと共に瞬く間に全国ニュースとなり、それを機に今は改修されている。
でもこれをポジティブに捉えると、ここまでジェンダーレストイレという言葉が世に浸透したニュースはなかったのではないかと思うし、これをきっかけに皆がジェンダーレストイレのあり方を考えるようになったのではないかと思う。
身体的にも精神的にもリセットできる場所
私はこの件の6年前にこのセンシティブな問題に触れていて、この事件はその当時の設計のプロセスを思い返すきっかけにもなった。
2017年、新建築(2017.5)に掲載された、私が提案したオフィスのパブリックトイレはワンウェイで人と目を合わさずに入れるトイレというものだった。
入り口から入ると個室が並ぶのは見えるが、少しクランクさせることで人がトイレに入る姿が見えにくい配慮をし、洗面機能も個室に入れ、個室を出たらただ外に抜けるだけというものだった。
こうすれば男女一緒の空間にいても目を合わすこともなく、とても機能的に使える。
実は男女併用にするとトイレの使用効率が上がり、器具数計算的には個数、トイレの面積を減らすことができる。
減らした分の面積をチルアウトできるスペースに当てた。
事前にLIXILが行ったトイレ使用のアンケートを見て驚いたし、少なからず思い当たる部分もあった。
トイレは用を足す以外に休憩スペースであり、電話ブースであり、秘密のメールを送る場所であり、時にはお弁当を食べる人もいるという。
激務だった時代、あまりの眠気に席に座っていられず、トイレに行って寝入ってしまった経験がある。
はっと目を覚ました時にどのくらい寝ていたのか分からず焦ったのを覚えている。
仕事中に席を立つ口実にトイレに行くことは誰しもあるのではないだろうか。
「ほっとスペース」という名前を与えたチルアウトスペースを作ったのはトイレをオフィスのウェルネス機能と捉えた時、身体的にはもちろんのこと精神的にもスッキリしてリセットできる場所が必要であると考えたからだった。
この提案は私なりに使用者の気持ちに寄り添ったつもりであったが、その後のアンケートで、違和感があるという、特に女性たちからの声が上がっていることを知った。実は私も当事者として、まだ少し違和感があったのも事実であった。
もう一度自然な形を考えたいと思った。
それが「オルタナティブ・トイレ」である。
本能的な違和感を空間デザインで解決する
世の中で飛行機、新幹線、小さなレストランなど男女兼用のトイレは実は多く存在している。そこに違和感を抱かないのはなぜなんだろう。
それはどこも公共通路に面していたり、お店の空間に面していたり、人の目が少なからず行き渡っている場に隣あっている。
つまり死角がなく、本能的に危険を感じない。
もし、人気のない閉ざされたトイレ空間に見知らぬ男性と一緒になった場合、女性は本能的に危険を感じてしまう。
誤解を生みそうなので弁明すると、これは動物的な本能なので男性が悪いわけではない。
もっと自分のシチュエーションに合わせて選べるトイレがあるといいのではないかと考えた。
インクルーシブなあり方を考えた”パブリックトイレの新しいカタチ”
トイレにまつわる話でいくつか印象深いものがあった。
トランスジェンダーの方々が自分の性別を性自認に合わせる移行期間など、どちらのトイレを使うか迷い、トイレに行かないように我慢してしまうという健康状態を脅かすような事態に陥っている事例もあることを知った。
多くのトランスジェンダーの方々にとってのひとつの解決法は、性別を限らず利用できる多目的トイレを使うことではないか。
多目的トイレはそもそも障がい者の方が使う目的で作られたトイレだ。
でも実際の使われ方を見ると障がい者だけではない。
私も子育て時代は2人乗り(年子用)のベビーカーをそのまま入れることができ、2人の子を見ながら使える多目的トイレはお出かけの強い味方だった。
広さがあるという特性は障がい者はもちろんのこと子育て世代にも選ばれ、そもそもオールジェンダーという特性からトランスジェンダーの方にも選ばれている。
誰もが使える1つの形式を作るのではなく、いろいろなタイプのトイレを作ることで、シチュエーションに合わせて選べるトイレを作ることがインクルーシブなあり方なのではないか、それが「オルタナティブ・トイレ」の考え方である。
”男女別”、”男女共用”、“障がい者用“とも違う、パブリックトイレの新しいカタチだ。
「オルタナティブ・トイレ」
「オルタナティブ・トイレ」は、中央の共有廊下に面した部分はオールジェンダーのトイレ、片側の個室群の裏側に女性専用トイレ、もう一方の個室群の裏側に男性専用トイレとし、一体空間でありながら個室の置き方でオールジェンダーと男女専用トイレがグラデーショナルに仕切られる。
状況に応じてオールジェンダーか男女専用か選択肢が与えられる。
個室は大きさ別、機能別で使う人が必要に応じて選べるようになっている。
つまり、性別だけではなく身体障がい者、子連れの人など、誰もが自分の使用時のシチュエーションに合わせて選択可能な平等に開かれたトイレとなっているのである。
トイレから考える文化や社会
2つのトイレの設計を通して究極のパーソナルスペースから社会を考える機会を得た。
海外に行った時にまず入る空港のトイレで、その国の一片を知ることがよくある。
犯罪の多い国ではトイレの扉の下は大きく開いていたり、全ての器具、鏡の取り付け位置が高い設定になっていたり、清潔さはあるが冷たい雰囲気だったり。大袈裟かもしれないけど国それぞれの態度が見える気がする。
日本は世界の中でトイレ先進国ではないかと思う。
便座ウォーム、自動開閉の蓋など最大限配慮した細やかな作りの器具。
最近の新しい施設はトイレ空間に力を入れ、心地さに配慮されている。
トイレを中心とした技術革新も進んでおり、最近では、設計補助ツールの「A-SPEC」も登場し、ますますトイレ設計の精度が高まっている。
デザイン性の高い公共トイレシリーズ「THE TOKYO TOILET」は映画にもなり、世界で評価されている。
世界に誇る日本のトイレ文化がこれからも発信されていくだろう。
私もその一端を担えるようにこれからも意識的にデザインに取り組みたいと思っている。
筆者紹介
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