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トイレからはじまる設計の視点の鍛え方 | わたしとトイレ設計05 ~special column~

■シリーズ紹介:special column わたしとトイレ設計
建築・建設に携わるみなさまに、「トイレ」にまつわるお考えやエピソードを教えていただくシリーズです。 毎日使うけれど実はよく知らない「トイレ」と、「トイレを考える人」のマインドやアイデアにフォーカスします。


私ほど世界各国のトイレでお世話になってきた人間は少ないと思う。

ひどい書き出しだと思われるでしょうが、いつかトイレについて文章を書く機会が来たら、まずはじめに、その告白からスタートしないといけないと常々思ってきました。

今回は「わたしとトイレ設計」というテーマを頂きましたが、まずは「わたしとトイレ」についてお話させていただきます。

広島工業大学環境学部建築デザイン学科 杉田 宗 准教授


わたしとトイレ


私は17歳の時に交換留学生として渡米し、そこから13年間を海外で過ごしました。アメリカでの留学や就業だけでなく、ヨーロッパでの1年間の放浪の旅や、中国の事務所に在籍していた時期もありました。

そんなワイルドな青春時代とは裏腹、昔からおなかの方がちょっと弱く、大切な時に限ってトイレを探すタイプの人間でした。海外のトイレ事情は日本とは比較にならず、心地よいトイレなんて本当に少ないのが現実

NYにも北京にも、いつもお世話になる 『推しトイレ』がありました。

アメリカの公共トイレに蓋が無い事を知ったときや、中国のトイレで紙を流してはいけなかった時の衝撃は忘れません。そういった驚きの度に、日本のトイレの素晴らしさを実感しました。

2006年頃北京のMADにて

また、ヨーロッパで1年間建築を見ながらバックパッカーをしていた時には、訪れた建築でちゃっかりトイレも使わせてもらっていました。

美術館などはトイレまで抜かりなく設計されていて、その建築を体験する重要な一部となっている建物が多かったです。

ピーター・ズントー設計のブレゲンツ美術館やSANAA設計のニューミュージアムなどは特に印象に残っているトイレです。これから様々な建築を巡る建築学生には、是非トイレまでしっかりと体験してもらいたいと思います。



新人建築家の壁は万国共通


そんな私もアメリカの大学を卒業後、NYの小さな設計事務所で働くことになりました。

最初は模型やパースなどプレゼンの準備が中心でしたが、3か月が過ぎた頃ボスからトイレの設計をするように指示を受けて初めて実務の図面を描き始めました。

設計を始めたばかりの新入社員がトイレを設計するのは万国共通のようで、その後働いた別の設計事務所でも同じような場面を見ました。また、手洗いカウンターまわりなど、小さな空間の中にも意匠的な見せ場があり、材料や照明などいろいろなことについて学びながら設計の面白さにのめり込んで行きました。

アメリカでは、日本で言う施工図に近いレベルの図面を設計事務所が描くので、ボスが実寸でスケッチしながらパーティションや壁のディテールについて教えてくれながら初めての詳細図を描きました。

「ここまで現場のことも知らないと建築家になれないのか…」と背筋が伸びたことを思い出します。

初めて描いたトイレの図面
最終確認のために作った模型

トイレの設計では、便器や手洗いの配置といった設備設計との調整だけでなく、障害を持つ人のための設計コンサルタントとのやり取りもあり、細かく分業化された設計の仕事を知る機会にもなりました。

日本のようにメーカーが設計協力をしてくれるようなことはなく、ライティングや音響、消防関連などの様々なコンサルタントとのやり取りで日中の時間が奪われていき、図面を描くのは夕方以降という感じの生活でした。

設計・施工・生産の役割がはっきり分かれているアメリカに対し、その境界がぼんやりしているのが日本の特徴だと感じます。

完成したトイレの手洗い



設計の基礎は、トイレにあり


当時を振り返りながら、小さい空間の中で人がどのように動くのかや、どうすればカウンターに散る水を減らせるのかなど、動くものを想像しながら空間や詳細を考えるトレーニングとして、トイレ設計は最適なのだと思います。

人間である以上1日数回はトイレを使うわけで、その都度自分の設計しているものと照らし合わせながら考えることもできるのも重要だと思います。

また、天井に仕込んだ間接照明が鏡に映り込まないかや、扉同士が干渉しないかなど、空間を立体的にとらえながら検討すべき項目も多く、平面図だけでなく展開図や詳細図を描きながら設計の視点を養っていきました。

その後、私はコンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーションに出会い、設計だけでなく、建築の教育や研究にも関わるようになりましたが、あの小さな設計事務所での経験を通して得た視点が様々な場面で活かされていると感じます。


■ A-SPECのご感想やご意見をお伺いするパート ■ (PR)
LIXIL×AMDlab×髙木秀太事務所の3社共同開発による、パブリックトイレ空間を自動設計するクラウドサービス「A-SPEC」について、率直なご感想・ご意見・関連するお考えなどを書いていただきました。

ツールとの対話で、自身を鍛える時代


A-SPECの登場は、トイレの設計の経験があり、コンピュテーショナルデザインによる設計をしてきた私にとってとても興味を引くニュースでした。

従来のやり方なら、ある程度レイアウトのあたりをつけてから細かい寸法を決めていくなど、段階的に設計の解像度を上げていく手順になりますが、A-SPECを使うことで短時間の間に沢山のデザイン案を見ることができます。

また、すべての案において細かな寸法までも検討された設計になっている点が、コンピューターの能力の正しく活かしているなと思います。
加えて、トイレ内での車いすの移動など、手頃に3次元で検討できるところがA-SPECならではの特徴でしょう。

ここまで言っちゃうと、「それじゃ設計者は何するの?」となるかもしれませんが、私はA-SPEC設計の視点を養うツールとしての可能性も感じます。

~A-SPECの画面~
条件を指定してトイレを自動設計すると複数の案が提示され、比較検討ができる
~A-SPECの画面~
自動設計したばかりの空間を3Dや2Dでクイックにチェックできる

 
これからは、どれだけバリエーションに富んだデザインが考えられるのかや、より効率性の高い空間の使い方などをゼロから考えるのではなく、提案される選択肢の良し悪しをいろいろな視点から考える能力が重要になっていくと思います。それを鍛えるパートナーとしてA-SPECは最適だと思います。

私たちの学び方や能力の伸ばし方は時代とともに変化しています。

我々の生活にAIが浸透してきた今、私が図面を描いて養った視点とは違うものを、AIとキャッチボールしながら鍛えていく時代に入っているように思います。



筆者紹介

■ 杉田 宗 (すぎた そう)
1979年広島県生まれ。2004年パーソンズ美術大学卒業。Rogers Marvel Architects(2005~2006, New York)、MAD(2006~2007, 北京)に勤務した後、2010年ペンシルバニア大学大学院建築学科修士課程を修了。2010年より杉田三郎建築設計事務所。2012~2014年東京大学Global30国際都市建築デザインコースアシスタント。2018年広島大学大学院博士課程後期修了。博士(工学)。現在広島工業大学環境学部建築デザイン学科准教授。専門は建築分野におけるコンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーション。『HIROSHIMA DESGN LAB』や『ヒロシマBIMゼミ』など、広島を拠点に教育・研究・実務を横断的に繋げる活動を展開している。主なプロジェクトはgathering(2010)、かも保育園ハッチェリー(2019)、山根木材福山支店 (2021)など。建築情報学会常任理事。
■ 関連リンク
HP:HIROSHIMA DESIGN LAB
HP:SABURO SUGITA ARCHITECTS
X:@sosugita
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