LとRの発音について
※ このnoteは、私のAmeba blog『英語の音韻論と、英語の発音と、ときどき日常』にて、2024年8月24日18:00:00に投稿した『LとRの発音について』というブログ記事に、一部加筆修正を加えたものです。
この記事をAmeba blogで書いた理由
昨年夏、某大学の講師により起こり、特に英語学習系、第二言語習得系界隈(そんなもの在るのか)のSNSで話題となった例の事件。そこに首を突っ込む気はさらさらありませんが、せっかくなら問題の発端となった、英語のLとRについて、解説しようと思ったわけです。
Lの発音
音素/l/の最も普通の異音
音素/l/について、最も普通の異音は『歯茎側面接近音(Alveolar Lateral Approximant)』であるとされています。
この音は、舌尖が歯茎に接触して閉鎖が作られるため、口腔の中央線には呼気が 流れませんが、舌の片側、あるいは両側は、上の歯のへりに接触しておらず、その部分では閉鎖が起こらないために、発音する際にはそこから呼気が流れます。
なお、舌尖の代わりに舌端を用いても音質的には変わりがないとされています(枡矢(1976: 153))。
また、/l/は前後の音が何であるか等の要因によって、舌の構えが変化し、通常の歯茎側面接近音の/l/とは異なる聞こえが存在します(枡矢(1976: 161-165), 竹林(1996: 207-210, 281-282)を参照、アメリカ英語については南條(1996: 182-184)を参照のこと)。
明るいL(Clear L)
母音が後続する/l/(アメリカ英語においては強勢のある母音のみ(南條(1996: 182-184)))は、『硬口蓋音化した/l/(palatalized l)』になり、日本語のラ行の子音のように聞こえるといいます。
硬口蓋音化した/l/は、次に紹介する軟口蓋音化した/l/と比較して、「明るい聴覚的印象」を持つため、『明るいL』と呼ばれています。
e.g., lead, clear, value
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暗いL(DarkL)
/l/に子音が後続する場合、あるいは/l/が語末にある場合、(アメリカ英語においては強勢のない母音が後続する場合も(南條(1996: 183-184))、)その/l/は『軟口蓋音化した/l/(velarized l)』になります。
発音する際に、舌の後ろの方(後舌面といいます)が、口蓋(上あご)の後ろの方(軟口蓋といいます)に引かれます。ですので、軟口蓋音化した/l/は、「ウ」や「オ」のような後舌母音の響きを持つといわれています。
軟口蓋音化した/l/は、硬口蓋音化した/l/と比較して、「暗い聴覚的印象」を持つため、『暗いL』と呼ばれています。
e.g., field, feel, help, cool, hospital
Lの母音化(L-vocalization)
また、上記の例のうち、後ろ4つ、つまりfeel, help, cool, hospitalは、いずれも/l/が母音の後にあり、母音の後にある軟口蓋音化した暗いlは、舌の中央線の閉鎖を保つことが難しくなり、閉鎖が完全でなくなることが多くなります。
この傾向がさらに進むと、舌の中央線の閉鎖は完全になくなり、暗いLよりも「ウ」や「オ」のような後舌母音の響きに“より”聞こえるようになるそうです。
このような音はもはや「側面音」とはいえなくなるので、この現象を『Lの母音化(L-vocalization)』と呼びます(竹林(1996: 281-282))。また、竹林(1996)では、Lの母音化によって生じる音を『L音性母音(lambdacized vowel)』と呼んでいます。
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ただし、fieldについては、/l/が母音の後にあるものの、後続する/d/が/l/と同じ調音位置(歯茎音)であるため、母音化しないことが多いです(竹林(1996: 282))。
加えて、暗いLは、先行する母音の発音に影響を及ぼし、しばしばその響きを変化させることに注意する必要があります。
このほか、明るいLの一部を特徴的な二次調音を持たない『中性のL(neutral l)』に分類するパタンもあります(枡矢(1976: 162), 竹林(1996: 207))が、このnoteでは、明るいLと暗いLだけ取り上げます。
Rの発音
『中央接近音(Mid-line Approximant)』たる/r/の発音の場合、アメリカ英語とイギリス英語で、最も普通に使われている異音が異なります。
アメリカ英語における/r/
/r/について、アメリカ英語において最も普通に使われている異音は、『硬口蓋もり上がり舌中央接近音』と『硬口蓋前部そり舌中央接近音』の2つです(枡矢(1976: 169-171), 竹林(1996: 212-214))。
前者は、舌尖が後ろに引っ込み、硬口蓋から軟口蓋の境目のあたりに向かってもり上がると同時に、舌根が咽頭壁の方に引かれます(これを「咽頭化」といいます)(竹林(1996: 212-213))。一方、後者は、舌尖が硬口蓋前部に向かって持ち上げられ、そり舌を作ります(枡矢(1976: 169))。
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硬口蓋もりあがり舌中央接近音(左)
硬口蓋前部そり舌中央接近音(右)
イギリス英語における/r/
イギリス英語において最も普通に使われている異音は、『後部歯茎接近音』です(竹林(1996: 214))。
中舌が少しくぼみ、舌尖が持ち上げられて、わずかにそり舌を作ります。アメリカ英語の/r/における特徴の1つである咽頭化は、イギリス英語では見受けられません。
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アメリカ英語、イギリス英語、いずれにおいても、発音する際に呼気は口腔の中央線から流れます。/l/のように舌尖が受動調音器官と接触せず、閉鎖を作らないためです。
なお、最近の研究では、/l/と同じく、/r/にも明るいR(clear r)や暗いR(dark r)が存在すると指摘されています(南條(2005: 119))。
我々は英語のLRをどのように発音すればよいのか
日本人英語学習者が英語の/l/と/r/を上手に発音したり、聞き分けたりすることができない理由として、日本語のラ行の子音(流音)に対応する音素が1つであるのに対し、英語の流音では音素が2つ(/l/と/r/)もあることが挙げられています。
ここで、日本語のラ行の子音について、簡単にですが、おさらいしておきます。
日本語のラ行の子音は、母音間では有声歯茎弾音[ɾ]、それ以外は有声そり舌破裂音[ɖ]に近い音であるといわれています。どちらにおいても舌尖が歯茎に接触して閉鎖が作られるという点では同じですが、母音間で起こる有声歯茎弾音よりも、それ以外で起こる音の方が接触の時間が長いです。もちろん、その音は、有声歯茎閉鎖音[d]よりは閉鎖時間がごく短いとされています。
それ故に、IPA表記する際には、母音間では“はじく”弾音、それ以外では“破裂”音で代用するのが適切なのではないかといわれています(斎藤(1997: 91))。
舌尖と歯茎が接触して閉鎖を作るという点では、日本語のラ行の子音と英語の/l/は同じですが、接触時間は日本語のラ行の子音よりも、英語の/l/の方が長いため、英語の/l/を発音する際には、舌尖を上の前歯の付け根あたりに強く押し付け、離さないように意識するといいでしょう(南條(2005: 119))。
一方、英語の/r/は舌尖が受動調音器官に接触しないため、日本語のラ行の子音と異なる生成プロセスであることがわかります。また、アメリカ英語の/r/は舌全体が咽頭壁の方に引かれることを意識して発音するといいでしょう。
故に、基本的には、舌尖と受動調音器官が接触して閉鎖を作るのは日本語のラ行の子音と英語の/l/、接触しないのは英語の/r/で、舌尖と受動調音器官の接触時間は、日本語のラ行子音よりも/l/の方が長いということをぜひ覚えておきましょう。
言うは易く行うは難し
…と発音解説するという行為自体は簡単なことではありますが、個人的には、日本人英語学習者が英語の/l/と/r/を発音し分けることができても、聞き分けることは非常に困難なことであると考えています。
例えば、light - rightといった語頭の/l/, /r/はもちろんのことながら、play - prayといった、語中の/l/, /r/の区別も実はとても難しいです。
そもそも、「無声音、ことに気息を持った/p, k/につづく場合の/l/は、部分的または完全に無声化する」、「(/r/が)気息を持つ/p, t, k/に続く場合は無声摩擦音となる」(松浪・池上・今井(編)(1983: 325))とあるように、play - prayは/l/と/r/がそれぞれ無声化することもあるので、実はlight - rightよりも区別が難しかったりします。
もちろん、日本人英語学習者が英語母語話者レベルの発音能力、弁別能力を完璧に習得することができないのは当たり前のことではありますが。
例えば、日本人における英語の/l/と/r/の発音の弁別について、アメリカに10年以上滞在する日本人、渡米間もない日本人とアメリカ人に対し、/l/と/r/で最小対を成す単語の対を発音してもらい、それを録音し、さらに別のアメリカ人に聞かせて、/l/か/r/かを答えてもらったという実験があります。
この実験では、長期滞在組の被験者は、ほぼ100%、/l/や/r/と認識される発音を使えることが分りました。言い換えれば、日本人英語学習者は大人になってからでも、英語の/l/と/r/の発音を習得できるかもしれない、ということが、この実験結果から言えます。
その一方で、日本人英語教師の発する“left”と“right”の発音を弁別できるようになった小学校6年生の児童に対して、ALT(外国語指導助手)の声を使い、命令文“turn left”, “turn right”を用いたゲームに取り組ませたところ、弁別できず混乱する生徒がいたことから、なぜ英語母語話者の声になった途端にlとrの弁別を行うことが出来なくなるのかを調査したOkamoto(2019)の研究があります。
調査の結果、以下のことがわかりました。
(1)left /left/とright /raɪt/は、母音[e]と[aɪ]における第一、第二フォルマントの数値・変遷が似ていることが確認された。
(2)頭子音(Onset)である[l]と[r]はどちらも流音であり、第三フォルマントに違いが確認された。
(3)(1)と(2)が児童に混乱をもたらした原因であると考えられる。日本語母語話者には第三フォルマントの発音が難しい(原文ママ)ため、left-rightを取り入れた授業を英語母語話者であるALTと行うのは非常に有意義である。
Okamoto(2019)の実験結果からは、「お、工夫したら何とか聞き分けもできるんじゃね?」と思えるかもしれません。
しかし、アメリカに長期滞在している日本人と渡米間もない日本人の/l/と/r/の聞き取りを調べた実験によれば、渡米期間に関わらず、誰1人としてアメリカ人と同レベルで聞き分けできた被験者はいなかったそうです。
加えて、被験者に意図的に/l/と/r/の発音の聞き分けを訓練させ、聞き取りを調べた実験でも結果は変わらず、寧ろ各被験者が/l/と/r/の聞き分けを完全に習得できたと思い込んでしまい、誤った基準をレキシコン内で作ったことで、正答率が統計的に有意に低くなった、という結果が出ました。
つまり、勉強しすぎると、音の刺激によっては(=勉強の方法によっては)、かえって誤った判断を下してしまい、/l/なのか/r/なのかが聞き分けできなくなるという訳ですね。自分は/l/と/r/を完全に聞き分けることができる、という強い思い込みがそれを引き起こすのです。
とはいえ、ある程度聞き分け出来る能力は持っておくことが理想的です。そのためには、
(1)英語の/l/と/r/の正確な発音を身につける
(2)/l/と/r/で最小対を成す単語の対をなるべく覚え、文脈で判断する
ぐらいしか方法がないのではないか、と思います。
なお、ここで紹介した研究はあくまでも一部であり、日本人英語学習者は英語の/l/と/r/の運用能力を習得できる、習得できない、一部なら習得できるなど、様々な研究結果があるので、あまり悲観的にならなくても良いでしょう。勉強することは無駄ではないので、ぜひ頑張っていきたいと思います。
参考文献
英語音声学研究会(2003)『大人の英語発音講座』東京: NHK出版.
Masao, Okamoto(2019)Analysis of English Sounds “Left” and “Right” Based on Acoustic Phonetics: Cause of Students' Confusion. The Japan Association of English Teaching in Elementary Schools Journal 19: 86-100.
枡矢好弘(1976)『英語音声学』東京: こびあん書房.
松波有・池上嘉彦・今井邦彦(1983)『大修館 英語学事典』東京: 大修館書店.
南條建助(1996)「英語における/l/の硬口蓋化と軟口蓋化」『甲南大学紀要』文学編96(英語学英米文学特集). pp. 180-192.
南條健助(2005)「/l/ and /r/」日本英語音声学会(編)『英語音声学辞典』東京: 成美堂. pp. 118-120.
斎藤純男(1997)『日本語音声学入門』東京: 三省堂.
竹林滋(1996)『英語音声学』東京: 研究社.