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【絵本レビュー】 『こどもたちはまっている』

作者/絵:荒井良二
出版社:亜紀書房
発行日:2020年6月

『こどもたちはまっている』のあらすじ:

今日も水平線から日が昇る。いつもの風景、季節の移ろい、突然の雨、特別な夜。
繰り返す日々のなかで、みんな、いつもなにかを待っている。
船が通るのを、貨物列車を、雨上がりを、夜明けを……。

『こどもたちはまっている』を読んだ感想:

子供の時って時間がたくさんありました。いっぱい待たされたけれど、時間は余るほどあったので、退屈だけど待つこと自体はなんとも思いませんでした。そしてまた、たくさんの好奇心もありました。だから何かが起きるのをドキドキしながら待つことができました。

夜中月がどう動くのか観察したこともあります。朝顔の芽が出てツルが伸びていく様子を毎朝観察するのも楽しみでした。庭の桜の木に花が咲いて、小さなさくらんぼができるのを心待ちにしていました。毎年春先に木蓮が咲いたら、その花びらが落ちてくるのを待っていました。ベルベットみたいな花びらを撫でるのが好きだったからです。野良猫と遊びに行ってしまった我が家のプーを待ちました。空に向かって口笛を吹くと、どこからともなくやって来ましたっけ。家の中の砂糖壺に入り込んでくるアリがどこからくるか知りたくて、朝早くから台所で最初のアリが食器棚に到着するのを待ちました。夏の水泳教室では、早く水に入りたくて先生の話も耳に入らずお尻がムズムズ。みんなが揃って体操が済むのを待っていました。雪の日は学校に着くのが待ちきれませんでした。ふんわり積もった雪を蹴散らしながらサッカーをするのが、とても楽しみだったからです。借りて来た本の続きが読みたくて、寝るときに「早く朝になりますように」と願いました。母の休日を待ちわびました。早く一緒に遊びたくて、そんな日は学校にいても気もそぞろでした。帰りの会が待ち遠しかったです。

毎日毎日何かが待ち遠しくて、何が起きるのか楽しみで、いつも何かを待っていました。いつの頃からか私は待つのが下手になり、大人になった今では「待つことは無駄」とさえ考えるようになってしまいました。「残念ながら大人になってしまいました」と言うべきなのでしょうか。子供の頃は、待った後に何も起こらなくてもちっとも気にならなかったのに、今の私はメッセージの返信を待つのさえままなりません。何が起きるのかわからずワクワクしていた私は、どこへ行ってしまったのでしょう。

それは友達のお母さんの家のインターネットを使わせてもらって仕事をしていたときのことです。友達の両親は離婚しているのですが、お父さんともその新しい家族とも親しく交流があります。お父さんには当時五歳の娘さんがいて、友達のお母さんの家にもよく遊びに来ていました。

彼女は私たちを見つけるととても喜んで、一緒に遊ぼうと誘って来ましたが、友人も私も締め切りが近く追い込みに入っていました。

「今しているところが終わったら遊ぼうね」

友人は、たまにしか来ないのに小さな妹と遊べないのはかわいそうと思ったのです。娘さんは待つことを不満に思った風もなく頷くと、部屋を出て行こうとしました。でもまたくるりと振り返ると言ったんです。

「全然大丈夫。私、世界中の時間があるから」

まだ慣れないスペイン語であったこともそうですが、私は五歳の女の子が言った言葉にショックを受けました。「世界中の時間」

私は見えない「締め切り」という時間の線に追われています。女の子には十分あるのに、私にはない時間。一体何が違うのでしょう。私だってかつて「世界中の時間」を保持していたはずなのに、今はその時間すら十分ではないと不満をもらいしています。一体私はそんなにたくさんの時間をどうしているのでしょう。夜寝るときに、こんなに綺麗なものを見たとか、こんな発見があったとニンマリして寝たことが、この十数年あったでしょうか。

私が待っているものは、一体なんなのでしょう。この追いかけられている生活から自由になる日?立ち止まって後ろを向いても誰も追いかけていません。ではなぜ追い立てられている気がするのでしょう。日々の小さなことに幸せを感じる繊細さを失わないうちに、待つ生活に戻していきたいなと思った朝でした。


『こどもたちはまっている』の作者紹介:


荒井良二
1956年山形県生まれ 日本大学芸術学部芸術学科卒業。 イラストレーションでは1986年玄光社主催の第4回チョイスに入選。1990年に処女作「MELODY」を発表し、絵本を作り始める。1991年に、世界的な絵本の新人賞である「キーツ賞」に『ユックリとジョジョニ』を日本代表として出展。1997年に『うそつきのつき』で第46回小学館児童出版文化賞を受賞、1999年に『なぞなぞのたび』でボローニャ国際児童図書展特別賞を受賞、『森の絵本』で講談社出版文化賞絵本賞を受賞。90年代を代表する絵本作家といわれる。そのほか 絵本の作品に『はじまりはじまり』(ブロンズ新社)『スースーとネルネル』(偕成社)『そのつもり』(講談社)『ルフランルフラン』(プチグラパブリッシング)などがある。2005年には、スウェーデンの児童少年文学賞である「アストリッド・リンドグレーン記念文学賞」を、2006年に「スキマの国のポルタ」で文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞。


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