【絵本レビュー】 『あかくんこうそくをはしる』
作者/絵:あんどうとしひこ
出版社:福音館書店
発行日:2015年2月
『あかくんこうそくをはしる』のあらすじ:
車の“あかくん”が、高速道路を走ります。入り口のゲートをくぐったら、スピードをあげて本線へ合流。高速道路は道が広いし、信号もないから、おもいっきり走れるよ! 高速バス、さまざまな標識、にぎやかなパーキングエリア、なが~いトンネル……高速道路ならではのものが、次々と登場します。長いトンネルの先には、何が待っているでしょう?
『あかくんこうそくをはしる』を読んだ感想:
父は方向音痴でした。それはもう才能と言っていいくらいでした。父はいつも同じ店に行き、どこへ行く時も毎回同じルートで行っていたのですが、おそらくそうしないと迷ってしまったからでしょう。まだスマホもカーナビもない時でしたから、目的地の街には着いたけれど、肝心の宿になかなかつけなかったのは仕方のないことかもしれません。それでも父はどこへ行く時も車で移動しました。一緒にどこかへ行く時に公共交通機関を使ったのは、年に5回もなかったと思います。
夏の休暇も冬にスキーへ行く時も、長距離を走るときは小さな時から私がいつも助手席に座りました。我が家の車はハッチバックといって後部座席が完全に倒せて後部全部が荷物置き場になります。荷物を積み込んで、母が真ん中に寝転んで行く、というのが私たちの旅行スタイル。後部から聞こえてくるいびきを聞きながら、私が運転する父の話し相手兼ナビゲーターでした。父はトイレがとても近かったので、2、3回に一回はサービスステーションに立ち寄ります。渋滞があまりひどいと、父は事故車などが待機する脇に移動して用を足すことも多々ありました。
帰りはいつも首都高を通るのですが、父は毎回出口を間違えます。「なんでもっと早く言わないんだ」と怒る父の声と「毎年なのになんで覚えないの」と呆れたような母の声に目を覚ますと、ああ、そろそろ家に着くのか、という目安になりました。問題は出口を通り過ぎただけではありません。他の出口から出ると、父はなかなか家に帰る道を見つけられないのです。やれやれ。だから家に着くのはさらに1時間ほど後。もちろん帰り道を探しているうちに父はまたトイレに行きたくなるので、車を止めることになります。私たちの休暇は高速とサービスセンターの旅立ったと言ってもいいですね。
父は生涯同じ車を乗り続けました。毎月車庫入れしてどこかを直しているような古い車で、私より年上でした。冬は30分くらいエンジンを温めてからでないと走らず、夏に渋滞に巻き込まれるとオーバーヒートしてエンジンが止まってしまうという面倒な車でしたが、父は買い替えようとしませんでした。『こち亀』で父と同じ車の話題が載っていたことを教えると、それを理由にしてさらに大事に乗り回し、人にもこち亀の話をしていたようです。
父が脳梗塞で倒れもう運転することもなくなりましたが、私たちはその車をそのままにしておきました。潮風で錆びてしまったし、最初のうちは1日に一回温めていたエンジンも、近所の人から騒音苦情が出てからはやめてしまい、乗り手のいない父の車はとても寂しそうでしたが、どうしても売る気にはなれませんでした。東北大震災の時、実家の周囲は液状化が起き、液化したコンクリートに埋まってしまいそうになっていた父の車を、母は一生懸命救おうとし、近所の人も一緒に掻き出す手伝いをしてくれたそうです。
私が生まれてからずっとお世話になった赤い車ならず、紺色の車に私の息子は乗ることはありませんでしたが、父が元気だったらきっと息子を乗せて連れ回してくれたことでしょう。あのお腹に響くようなエンジンの音を息子に聞かせてあげられなくて残念です。そして今、私たちの想い出がいっぱい詰まったあの車は、綺麗にされて、新しい持ち主を見つけました。今も日本のどこかの空の下を元気に走っているのかなと考えると、ちょっと嬉しくなります。
『あかくんこうそくをはしる』の作者紹介:
あんどうとしひこ(安藤俊彦)
1956年、静岡県生まれ。桑沢デザイン研究所グラフィックデザイン科卒業。
桑沢卒業後、画家松井ヨシアキ氏に師事して本格的に絵を志す。
広告プロダクションのイラストレーション部を経てフリーランスになる。
以後現在まで、あらゆるジャンルの広告、雑誌中心にイラストレーター& 自動車画家として活躍中。
最近は海外に渡り、街・人・ファッション・食・風景などを描いている。
神奈川県在住。日本自動車アーティスト協会会員。