【声劇用台本】いしなねこ【女性:1】
女性:1 一人読み推奨 一人称等変更不可
女:にゃぁ。と何処かで猫が鳴いた。
女:ひゅぅ。と風が吹いた。
女:風が。ふいた。ふー。ふー。ふー。
女:ふぅ。ふぅ。と。ふぅ。ふぅ。
女:ふうふ。そう。夫婦。
女:ねぇ。あなた。私と一緒になって何年になると思う?
女:そうね。もう忘れてしまうくらい長い間一緒にいるのね。
女:ずぅっと一緒にいるものだから、すっかりと忘れてしまっているけども、約束は忘れていまいわね。
女:ほら、やっぱり忘れている。
女:思い出話。
女:遠い記憶の彼は私よりも少し背が低くて、いつも私を見上げていた。
女:彼は背伸びをして私にキスをするの。
女:もちろん私は、意地悪をして、ひょいと、顔を上に上げる。
女:彼ったら、もっと背伸びをするものだから、私に、ぶつかって、そのまま転げて…。
女:楽しい記憶。嬉しい。あぁ。あの一瞬を、永遠に感じることができたなら。
女:いいえ、そんな贅沢言わないわ。言えないわ。だから神様。
女:かみさまなんてくそくらえ。
女:神様なんて、居ないの。いるのなら、私が何をしたの。
女:どこかで猫が、にゃぁ。と泣いた。
女:私の最初の記憶は、木に登った猫を見つけた。
女:猫の瞳はまんまるでおおきくて、あぁ。こんな宝石があったらいいのにって。そう思ったの。
女:お父さんとお母さんに、「あそこに瞳のきれいな猫がいるわ」ってそういったの。私。
女:こんな宝石がほしいなんて言ってないのよ。私。私は、「瞳がきれい」そう言っただけなの。
女:次の日、小瓶に入ったきれいなまんまるな、宝石のようなものがふたつ。そう、あのきれいな…瞳の…。
女:私、幼かったの。
女:何も知らなかった。あの小瓶に入った。あの宝石のようなものが。
女:なんで私だけ、お父さん、お母さん、なんで私の戯言でこんなことを。
女:小瓶の中の宝石がじっとこちらを見ている気がする。
女:見ている。気がする?
女:いいえ、見ているの。そう、見られているの。
女:ねぇ、あなた。見られているわ。
女:ごめんなさい。私がこんな体質なばかりに。あなたがその。
女:「異常者」のように…。
女:ねぇ。月に一度は外で食事をしましょう?と言ったのは私だけど、やっぱり。
女:そう言うやいなや、私より少し背の高い彼は、私を包むように抱きしめてくれたわ。
女:かわいい坊やだった頃とは違う。彼はこんなにもたくましくなって。
女:あぁ。抱きしめてくれるだけでこんなにも心が満たされるのね。私、しばらく忘れていたわ。
女:にゃぁ。
女:また、またこの音。鳴き声なんて可愛らしい言葉では言い表せられない。
女:にゃぁ。
女:不気味な「声」そう。私にだけ聞こえてくる。不気味な「合図」
女:久しぶりに会った彼は、少しやつれて、たくましくなって。帰ってきた。
女:生きていたのね。と私が言うと、油のような、砂のような、香りの彼は瞳に涙をためて。
女:「ただいま。」と言ったの。
女:「ただいま。」その一言を私がどれだけ待っていたか、あなたは知らないわ。知るはずもないわ。
女:彼は力なく、右腕で私を抱きしめてくれたわ。私は、彼の代わりに、両腕で思いっきり抱きしめてあげた。
女:その時、私は決めたの。
女:誰がなんと言おうと。
女:二人で歩けば、「お嬢さん、お父さんとお買い物かい?」なんて馬鹿にされても、
女:私は、彼の妻であり続けようと。
女:この小さな体でも、彼の生涯の伴侶であろうと。
女:にゃぁ。
女:うるさい不気味な、この声から目を背けるように彼との時間を過ごしてきて…。
女:もう、長くないのね。
女:無理よ、あなたのことを忘れようなんて。
女:無理よ、知っているでしょう。私って一途なの。
女:そうねぇ。いま外を歩けば、「おや、お孫さんですかな?」なんて言われてしまうものね。
女:でも、それでも、いいの。
女:あなたと一緒にいられるのなら。
女:ねぇ、あなた。私、たくさんわがままを言ってきたと思うわ。自覚があるの。
女:でもね、私、これで最後にするから。お願い聞いてくれる?
女:私を一人にしないで。
女:最後のお願いは届かなかった。
女:あんなに大きな体をしていても、最後の最後は、こんなに小さくまとまってしまうのね。
女:にゃぁ。と何処かで猫が鳴いた。
女:その声は嘲笑って聞こえた。