【声劇用台本】ふざけてもいいかい【男性:1】
一人読み推奨 一人称変更不可。
下山:雨…かぁ…こう、雨が降ると、参るね。湿気もすごいし。結露もべちゃだもの。
下山:こんにちは、こんばんは。おはようから、おやすみまで。健やかな死後を迎えた、「下山」と申します。良しなに。
下山:今、「死後」と言いました。えぇ、そうです。死にました。去年の冬。
下山:ちょっと待って運転中だから。
下山:うん…そうだね。うん…。ちょっと右折…。
下山:うん。わかってるよ。でも仕方がないじゃない。仕事なのよ。あぁ。うん。やめてよ、仕事と私云々ってのはさ。ちゃんと、埋め合わせするから。左折します…。
下山:おまたせ…。俺だって逢いたいよ。でも、子供も授かったし、今頑張っておかないと。いや、別に責めてるわけじゃないよ。ありがたいことじゃないか。
下山:…そうだね。僕が、悪かったよ。うん。
下山:…面倒になんかなってないよ。怒ってないよ。なんですぐ…。わかった。帰りにちゃんとプリン。
下山:…あ。切れてる。んーもうぅぅっ。
下山:同棲して変わって、結婚して変わって、子供ができて変わって…女の人はコロコロ変わって大変ですね。
下山:青だ…。危ない!
下山:ここまでが、私の生前の記憶。
下山:これ、皆さんにお聞かせするために頑張ったんですけど。思い出すたび体が痛いんです。体現した記憶をお聞かせするのって、もう一度同じ目に会うってことらしいんですね。はい。なので、今回はここまでで。
下山:…事故を起こしたり、危ない目に合うと時間がゆっくりと感じるってアレ。嘘です。気がついたときには死んでました。
下山:信号無視の車が横から突っ込んできた瞬間までは覚えているんですが。どうやって死んだのかは覚えていません。
下山:生前最後の記憶は、聞き慣れた着信音が胸元からなっていて、出ようにも出られなかったこと。そして…
下山:妻と喧嘩したまま死んじゃうのかぁ…とぼんやり。思っていたこと。
下山:喧嘩の理由といたしましては、妻の実家に行く約束をしていたものの、急な仕事が入り、私のせいで予定が狂っちゃったわけですね。
下山:まぁ、ありがち。ありがちなんですよ。世のお父様方、ご理解いただけているはずです。世のお母様方、お怒りはごもっともでございます。はい。
下山:でもね!仕方が無いんですよ!仕方がないの!営業職だし!僕まだ若かったし!
下山:上司からの「お願い」は…命令なんですよ。「いけ。やれ。(うまく)」なんですよ。
下山:子供も授かったし…。これからってときに。うん。本当に。これからってときに。僕は。
下山:神はいない。断言できる。何故か。当たり前だ、なんで僕なんだ。
下山:こんなときでも、僕は。
下山:さて、なぜ私が今ここにいるかというと。初盆だからです。せっかくなんで久しぶりに我が家に帰って参りました。
下山:皆様に、ここで耳寄りな情報を。
下山:人間同士は、見えます。幽霊同士は、見えます。が、しかし互いに互いは見えません。
下山:つまりですね。人間から幽霊が見えないように、幽霊から人間は見えません。
下山:極稀に、幽霊が見える人、というのがいます。生前よくテレビで見ていました。
下山:そういう人たちは、幽霊からも見えます。
下山:そんな人がたくさんいるわけでも無いので、死んでからというもの、とても寂しいものでした。
下山:うっすら見える人に声をかけたら「ひえっ…」って逃げていくし。
下山:そんな事も有って、家に戻ってもなぁ…なんて思っていたのですが…。
下山:…引っ越してなかったんだなぁ。僕の荷物もそのまんまで。
下山:おっ。これ懐かしいなぁ。お、これも。あぁ。これも…。これも…。
下山:僕が、戻ってこなかったもう一つの理由。
下山:それは、妻が新しい男と一緒にいるところを見たくなかったから。
下山:そんなの見たらもう…。きついっすよ。うん。
下山:「俺のことは忘れて…」なんてかっこいいいセリフを吐ければモテるのだろうけど。
下山:ゆみは…。妻は、僕のことを忘れたりしてなかった。それどころか…。
下山:…僕の荷物を、まとめることもなく。いつかえってきても…。そんな風に。
下山:忘れてほしくないけど。これはこれで…。
下山:本当は、ゆみに会えれば。とも思っていたんですが。やめておきます。
下山:どうせ見ることもできないでしょうし。今、あったら成仏したくなくなってしまう…。
下山:先輩の幽霊から教わりました。少し高いところに登って両手を天に突き出し。
下山:「成仏!」
下山:と叫ぶと成仏できるそうです。まだ試していませんが。
下山:是非皆さん死後の参考にしてみてください。
下山:あ。おかえり…ゆみ…。
下山:お腹…。大きくなったな…。
下山:完全に成仏のタイミングを逃しました。
下山:…なんで見えてるんだ…。ゆみ…。おい。
下山:えー。先程話しましたが、幽霊から人間が見えないということは人間からも幽霊が見えないはずなんです。
下山:つまり、私の目にゆみが映っているということは、ゆみにも私が見えているということです。
下山:深淵を除くとき、また深淵もこちらを覗いているのだ!ゆみ!
下山:…いやいや、ちょっと見えてるでしょ!ほら!
下山:見て!ほら僕だよ!スッゴい面白い動きしてるよ!ほら!抱腹絶倒ステップ!ほら!
下山:無視されています…。私の抱腹絶倒、爆笑必至ステップを無視しています。
下山:いやぁ。皆さんにお見せできないのが残念だ。
下山:もしかして怖がられているのかも…。
下山:…いえ。これは、見えていないんでしょう。今、ゆみは目の前でレンジでチンするタイプのおかゆを食べ始めました。私の膝下で…。
下山:…ただいま。聞こえてないだろうけど。
下山:これは、僕の自己満足で終わってしまうけど、これを言わないと、とてもじゃないけど成仏できそうにないんだ。
下山:あの日、死んでしまってごめんなさい。
下山:身重のあなたを残して死んでしまってごめんなさい。
下山:君と喧嘩して死んでしまって、本当に、ごめんなさい。
下山:天国なんてものがあるのかは知らないし、輪廻転生ってシステムがあるのかもわかりません。
下山:でも、もし、天国があるなら君のことをずっと見守って、
下山:神様が君に試練を与えようものなら、
下山:僕がその神様とやらをぶん殴ってくるし。
下山:輪廻転生なんてシステムが有るなら、今度の人生は、君より長く生きて、
下山:君のそばにずっと寄り添って、僕なんかよりも長く、寄り添って、長く。長く…。
下山:だから…。ご飯を食べるときは笑顔でいてください。
下山:もう、泣かないでください。
下山:「俺のことなんて忘れていいから。」
下山:ほら。こんなモテる男みたいなことも言えますから。
下山:大丈夫です。僕はこんなにも愛されているから。
下山:ゆみに、愛されているから。だから、大丈夫なんです。
下山:ねぇ、本当は聞こえているの…?
下山:…なんて。やっぱり聞こえていないみたいです。
下山:僕が死んでからゆみは、毎日のように、泣いていたんでしょうか。
下山:…僕はなんて罪な男なんでしょうか!モテる男は辛いねぇ!
下山:…なんてね。
下山:ふざけてもいいかい。仲直りが、したいんだ。