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山葡萄のバッグと共に。

「誕生日にわくわくする」、「誕生日が待ち遠しい」、
そんな風に感じられるのって何歳までなんだろうか。
少なくとも私は3月生まれということもあり誕生日には学校が休み、なんてことが多く
友達にも会えず、家にいて
あまり誕生日に対して思い入れがない。
しかし、今年は私にとって大事な年となった。
25歳になったのだ。
そんなこと?って思うかもしれない。
でも人生50年と考えたら、(若すぎるかもしれないけれど)
折り返し地点な訳だし、第一自分が25年も生きているという事実はなんだか受け入れ難いような不思議な感覚を覚える。
そして私は買ったのだ。
山葡萄のバッグを。
家から徒歩10分ほどに工芸のお店がある。
散歩していてふらりと寄ったのだが、そこがまあ私にとっては宝物の寄せ集めのようなとても素敵なお店で日本作家さん達のお皿からインドネシアの民芸品まで、ずっといても飽きないような居心地の良いお店なのである。
そんな中私は3つ4つ並んだバッグに目を止める。
ずっと見ているからか、お店の方が声を掛けてくれる。
「山葡萄のバッグ、知ってる?」
山葡萄?果物のあの葡萄??
私の頭に?が3つくらい浮かぶ。
聞くと東北地方に自生している木であるらしく、その昔は冬の産業として生活道具に使われていたそうな。
今となっては職人さんも数少なく、値段は上がる一方。
ふと値札を見ると、お店にぽん、と置いてある感じからは予測できない金額が。
「100年も使えるのよ。使い込むほどに艶も出てきてね、、」
お店の方の話を聞くうちに私は一つの決心をする。
もうすぐやってくる25歳の誕生日にこれを買おう、と。
待ちに待った誕生日。年休を取り、お店に向かうと
「あら言わなかったけ?来月山葡萄手提さげかご展するのよ。」
そんなわけで一ヶ月ほど我慢し、展示会初日、お店の開店と共に入り手に入れた。
乱れ編み、花編み、、たくさんあったが私は手入れのしやすそうな裏地の付いていない
オーソドックスな形のものにした。
なんだろう、この高揚感。
それからというもの、私は家から数歩のスーパーに行くにしてもどこへ行くにもこの山葡萄のバッグを持ち歩いている。
このバッグを持っていると、私は少し誇らしげな気持ちになる。
母がくれたワイヤー入りのリボンを持ち手に巻き付けると、自分らしさが出て尚嬉しい。
100年もこの先生きているか自信はないけれど(さっき人生50年と考えると、なんて言った人間なんだから)、これから私はこのバッグと共に歩んでいこう、と思った。
そう考えると、歳を重ねるのも悪くないかもしれない。
来年はこのバッグ、どんな風合いになってるかな。
一年後の誕生日が待ち遠しくなってきた。

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