古い財布
とうとうその日はやってきた。エヌ氏は、残念そうに古いがま口の財布を見つめた。
この財布は、猫の絵が描いてある小銭入れだった。
「いよいよ捨てなければならないんだな……」
この財布に百円玉を3個以上いれたら口がひらいてしまう。
しかし、エヌ氏には愛着があった。猫が好きだったこともあるが、
このがま口を手に入れたときの、あのお祭りの屋台を思い出すと、
とても捨てる気にはなれなかったのだ。
しかし、使い物にならない財布は、捨てるしかない。
エヌ氏は、断腸の思いでその財布を河原に捨てた。
数日後、河原からエヌ氏の子どもが帰ってきた。
「お父さん、変な人がこれを売ってたよ。この中に小銭を入れると
増えるんだって!」
見れば、捨てたはずの小銭入れである。
エヌ氏は子どもからそれをもらい受けた。
そして、小銭を入れた。
その瞬間、財布はその小銭を入れたまま、消えてしまった。