プレゼントは突然に
———トロント、家探し奮闘時期
その日も、家の内見帰りだった。
もう心は折れていつでも泣ける準備はできてますよ!
って時のこと。
「どうしたの?道に迷ったかい?」
多分不安そうな顔をしていたのだろうと思う。
振り返るとそこには気の良さそうなおじいさんがいた。
一瞬、前回の記事に書いた展開を想像した。誰か優しくて余裕のある善人、家を貸してくれ!!!
「トロント来たばかりで、この辺り詳しくないんです。けど大丈夫です。ありがとうございます。」
と、お礼を言い立ち去ろうとすると、
「待って。ちょっと手をだしてごらん。」
気の良さそうな雰囲気に流されうっかり手を出してしまい、おじいさんはニッコリと優しく微笑みかけ、私の左手に何か握らせた。そして見てごらんとばかりの目を見て再度微笑む。
トロントの人はフレンドリーだから、急に話しかけてくることは日常茶飯事で、今回もそんな感じだろうと思っていた。飴でもくれるのかな?と能天気なことを考えていた。
しかし、ゆっくり手を開くと、そこには赤のリボンに小さな鈴が通され輪っか状にしてあるものがあった。
は?
完全に意味不明である。
「えっと・・・これは何ですか?」
これはカナダでの出来事なので、この会話は全て英語で行われてるのだが、まさか「What is this?(これは何ですか?)」という、英語の教科書の序盤に出てくるフレーズを、リアル日常会話で知らないおじいさんに問いかける日が来るとは・・・という謎の感慨深さもあった。
「猫の首輪だよ。」
は?
バグだ。ここはマトリックスみたいな仮想現実の世界で、バグが起こったとしか考えられない。私は英語が達者ではない。しかし、英語だと「Collar for a cat 」で、何回考えてもこの目の前のおじいさんは「猫の首輪」と言っている。なんなら「Cat's collar? Like...some cat wear ribbon things, right? (猫の首輪ってこと?猫が首につけてるリボン見たいなやつよね?)」と、私は聞き返した。私もここが仮装現実の世界ならコンピューターのバグの一部さながらの発言である。
そんな私の質問に満面の笑顔を向けたまま、とんでも無いことを口にしだした。
「トロントに来た可愛い子猫ちゃんには、いつも僕から可愛いプレゼントを渡すことにしているんだ。僕の子猫ちゃんになって欲しいからね。どう?まずはその首輪を付けて見せてよ。」
サイコパスじゃん。
首輪に繋がれていないといけないのは、完全にこのおじいさんの方だ。このおじいさんを放し飼いにしてはいけない。なんてバグだ。仮想現実なら誰か早く修正してくれ。
私は静かに首輪は返しますと言い、手に持たされた猫の首輪を全力で遠くへ投げ捨てた。投げ捨てる動作は完全に私のバグである。気が付いたら全力投球していた。鈴の重さが良い仕事をしたのか、猫の首輪は私たちの遥か上を通過し、視界からきれいに消えていった。
おじいさんは私の取った行動に驚きを隠せずおろおろし、そんなサイコパスじじいを横目に、その場から全力で逃げ出した。
さようなら、サイコパスおじいさん。
配るのはせめて、その人の良さそうな笑顔だけにしてと思いながら。