幸せなセカイ(ENIGMA二次創作小説)③夢の理想郷
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以下本文が開始します。
自宅に戻るとさっそくデバイスの準備を始めた。
とは言っても昨日使用した後からそのままにしてしまっている。
片付けるのが面倒だった、のではなく何となく触れるのが怖かったのだ。
「ふぅ……」
頭にかぶるヘッドマウントディスプレイと手で操作するコントローラーを持って息を整える。
「にゃあ?」
「ん? あぁ、チャコか」
そうしていると、いつの間にか足元にチャコが寄ってきていた。
体を摺り寄せて私の事を見上げてきている。
「ご飯はまだだ。もう少し待っていろ」
「にゃぁ」
チャコは理解したのか、理解していないのか、そのまま私の膝の上に乗ってくる。
そうしてお昼寝をするように丸くなった。
「まったく……」
その暖かなぬくもりに思わず笑みが漏れてしまう。
いつの間にか呼吸も落ち着いていた。
「行ってくるよ、チャコ」
私はヘッドマウントディスプレイを被る。
そしてHO-RAIを起動した。
今回はすぐに自分の屋敷の中に居た。
昨夜と全く変わってない。そして。
「千桜? 大丈夫?」
目の前に錫蒔狛騎が居た。
見慣れた私服姿で、3人分のティーセットを準備している。
何処か影のある顔が心配そうに見つめてきている。
「……狛騎、か?」
「そうだけど、え、何? まさか忘れたとか言わないよね?」
「いや……」
覚えている。覚えているとも。
だからこそ、今の状況が信じられないだけだ。
「どうかしたのかにゃ?」
「チャコ……」
「あぁ、チャコ。千桜の様子が変なんだ」
そこに、メイド服を着た猫耳の少女が現れた。その手にはチョコケーキを持っていた。
彼女こそ、私と以前に暮らしていたチャコである。
元々はその死体を外法箱にされた猫のエニグマだった。他のエニグマに力を与えられ、人間の姿を取れるようになったのだ。もう既に人に危害を加えるような状態では無かった、というより危害を加えられるほどの力も持っていなかったため、私の屋敷で一緒に住むことになったエニグマ。
もう既に存在しないエニグマ。
狛騎とチャコ、もう二度と見る事は出来ないだろうと思っていた姿に、感情が溢れてしまいそうになる。
そんな私を二人は怪訝そうに見つめて来ていた。
何かしゃべらないと、と考えていたが。
「っ!!」
不意に、太ももに鋭い痛みが走った。
何なんだ、と思うと同時にそこに何か暖かな物があるのを思い出す。
「……チャコ」
今のチャコがそこに居た。
寝ぼけて私に爪を立てたのだろう。
「何にゃ?」
私が発した言葉に仮想空間上のチャコが反応する。
私は改めて目の前のチャコに向き直る。
「いや、何でもない。ありがとう」
「……千桜がお礼を言ったにゃ!? 変だにゃ!?」
おい、それはどういう意味だ。
「私がお礼を言うと変とはどういう事だ。まだ躾が必要なようだな」
「いいのにゃ!? チャコはチョコケーキを持ってるにゃよ!? 何かしたら落とすにゃ!!」
「ふん。ならそのケーキに免じて今は許してやる」
チャコが私に視線を向けながらチョコケーキを机の上に並べていく。
ただでさえそそっかしいのだから、よそ見をしていたら本当に落とすぞ。
「千桜、何かあった?」
狛騎はまだ私の方を心配そうに見つめていた。
「いや、何もない。ただの白昼夢だ」
そう、これはそのような物である。
「ふーん、まぁ、最近は落ち着いてるからね」
狛騎はそう言って紅茶をケーキの横に並べていった。
精巧に再現されたケーキと紅茶はまるでその香りまで漂ってくるようだ。
「いただきますにゃ!!」
3人でソファに座るとチャコが我先にと食べだした。
猫がチョコを食べていいのか。たしか毒になるんじゃなかっただろうか。
けれどそもそもチャコはエニグマであるし、ここは仮想空間なので気にしない事にする。
「……それで狛騎。今日は何の用事で来たんだったか?」
私は手を付ける事無く狛騎に声をかける事にする。
なんにせよ、この二人がどのような存在なのかを調べなければならなかった。
「ん? 用事?」
「あぁ、君がお菓子を持ってくる時は大抵厄介事が付き物だっただろう。今日は何かあるのか?」
「いや? 特に何も無いけど」
狛騎は困ったように頬を掻いた。
ふと気が付いた。以前の私と狛騎は魔術的なつながりが存在していた。そのため彼の考えている事や感情など、大まかな情報はつかむことが出来ていたのだが、ここではそれが無い。
彼の表情や言葉から情報を読み取っていくしかなかった。
「逸さんから千桜の所で一緒に食べなさいって、ケーキを貰ったんだ。それだけだよ」
「……そうか」
「エニグマ事件解決のお礼も含めてるんじゃない?」
今もただケーキを食べているだけのようだ。
それはとても穏やかな日常だった。一瞬、このまま過ごしていたい気分になる。
頭の中で自分がやる事を思い出した。
「……狛騎、少ししたら一緒に来てくれるか? 少し調べたい事がある」
「調べたい事? 千桜からの頼みなんて珍しいね」
「エニグマがらみなんだ。人を探しているんだ」
私はそうして卯月原水朔の写真をスマホに表示させようとした。
しかし、この中でどうやってスマホを取り出せばいいのだろう。今私は簡易的なコントローラーで操作をしていた。
「……しまったな。画像がない」
「人探し? 画像ってあれの事?」
「……何?」
狛騎が指さす方を見ると。窓の近くの机の上に封筒があった。
その上に写真が一枚置かれている。
「さっきから気になってたんだよね。あれ、空泉北高校の生徒だよね?」
「あ、あぁ」
一体どういう事だ。
何故、現実の私のスマホの中にある画像が仮想空間上で写真として存在している。
仮想空間に詳しくない為、これが正常なのかすら分からない。
しかし、その事を彼らに悟られない様に平静を保つ。
「……名前を卯月原水朔という。彼女を探しに行く」
「へぇ。何があったの?」
「少し不可解な消え方をしたらしくてな」
「千桜と狛騎でお出かけするのにゃ?」
ケーキを食べ終えたチャコが会話に入ってくる。その口周りは茶色く汚れていた。
その幼い子どもの様な食べ方に狛騎が肩を落とす。
「はぁ、チャコ。さすがに汚いよ」
「にゃ?」
狛騎がチャコの口元をティッシュで拭ってやる。
そんな二人の様子に思わず頬が緩んでしまいそうになる。
「チャコは留守番を頼む」
「にゃ!? 2人だけずるいにゃ!!」
「いやいや。メイド服に猫耳では出かけられないよ」
「チャコは人間そっくりだにゃ!!」
「猫耳の人間は、居ないかなぁ……」
チャコはずるいと私達に噛みついて来る。
私はチャコに近づいた。
「何かお土産を買ってくる。それに何かあれば私たちの所に走ってくればいい。お前は猫なんだ。逃げ切れるだろう?」
「……どうかしたのかにゃ、千桜?」
「……千桜?」
前は置いて行ってしまったから。
普段言わないような事を言う私に怪訝そうな二人へ、何もいう事ができなかった。
屋敷を出て千年森を抜ける。
その間の風景も私が認識している物を全く変わりが無かった。
体感的にも現実と変わらない速度で移動をしていく。
そのまま私と狛騎は繁華街へと向かう。
「狛騎、君は空泉北高校の事について何か知っているか?」
「ごめん、よく知らないかな」
途中会話をしたものの、やはり彼に違和感は何も感じなかった。
途中から何も意識せず、以前と同じように会話をしていた。
「というか、よくその子は一人で千年森に入って来たね? まさかそんな人間が僕以外にも居たとは」
「まぁな。しかし結局途中で体力が持たずに座り込んでいたぞ」
「いや、それは千桜の魔力にやられたんじゃ……」
「……ん? いやそれは」
途中、狛騎が妙な事を呟いた。
私はその事を確認しようと思ったのだが、途中で狛騎の視線が何かを見つける。
「……あ、千桜。あの子じゃない?」
「何だと?」
狛騎の視線の先を見つめると、そこには卯月原水朔がいた。
私は手元の写真と見比べる。
そこには写真と瓜二つ、空泉北高校の制服を着た茶髪の気の強そうな少女がいた。
繁華街の中で誰かを待っているように、壁にもたれかかっている。
「声をかけないの?」
「……あぁ」
何かがおかしい。一体どういうことだ。
人通りの数は現実の空泉町とほぼ同等である。
その中から卯月原水朔という探している個人がたまたま居るという事がありえるのだろうか。
「失礼する。君は卯月原水朔だろうか?」
「ん? 何? 子どもがなんか様?」
誰が子供だ。
しかし今は感情を落ち着けて会話を続ける事にする。
「……子供じゃない。私は空泉東高校の芹生千桜と言う」
「え!? 高校生!?」
水朔は驚いた様子でまじまじと見つめて来た。
どういう意味だ、全く。
「大伴瑞希から依頼を受けて君を探していたんだ。最近彼女と連絡を取っているか?」
「え、瑞希? あんた瑞希の知り合い?」
「まぁ、そんな感じだ」
依頼の事は黙っておいた。
この卯月原水朔がどういう状況なのかをまず確認したい。
「彼女は最近君の姿が見えないと言っていたが?」
「あー……、最近こっちに嵌ってたもんなぁ……。確かに瑞希に連絡し忘れてたかも」
水朔はしまった、という風に顔をしかめた。
どうやら大伴瑞希が言っていたのは本当らしい。
「……こっち、というのは?」
「ん? そりゃ、ここ。HO-RAIだよ」
彼女はそう言って地面を指さした。
この部分も間違いはない。
卯月原水朔はHO-RAIによって現実生活がおろそかになっていた、という事なのだろう。
「そう、か。なら早く大伴瑞希に連絡を取ってやることだ。心配をしていたぞ」
「そうする。悪いね、わざわざ」
卯月原水朔はそう言って手をバイバイと振る。
そうして手元で何か操作しながら歩き出した。
すぐに彼女の姿は人混みにまぎれて見えなくなる。
「千桜、これで用事は終わり?」
「……あぁ、おそらくな」
卯月原水朔を発見した。大伴瑞希の情報も正しかった。
卯月原水朔に大伴瑞希へ連絡するように告げた。
何も間違っていない。
それなのに、何かがおかしい気がするのは何故だ。
「それで、これに本当にエニグマが関わってたの? さっき、ほうらい、とか言ってたけど」
「そのはず、だが……」
なんだ。
何が起きている。一体何が問題なんだ。
何のエニグマがどんな作用をしている。
そうして路地裏にチラリと視線を向けると、そこにぬいぐるみの様な物体が浮いていた。
フードを被った狸、だろうか。
ちょうど小さな子供が両手で抱えているようなサイズだ。
それは、以前私たちが仮想空間上で出会った縁裡というエニグマにそっくりだった。
「千桜、エニグマがいた!!」
「あ、あぁ……」
「早く虚構化をしなくちゃ!!」
「い、いや、しかし、私には……」
もう虚構化魔法は使えない。そんな事を告げようとしたのだが。
「どうしたのさ!! 君の魔法なら簡単に祓う事ができるだろう!?」
「……今の私は魔法が使えないんだ」
「何を言ってるんだ!? この前、獅子門才禍を虚構化したじゃないか!?」
……なんだって? 今、この狛騎は何と言った?
「……狛騎。いったい君は何を言っている?」
私が獅子門才禍を虚構化しただって。
こいつは何を言っている。
「千桜、エニグマが逃げる!! 早く!!」
頭が混乱していた。ゆえに半ばやけくそ気味に魔法を発動させようとする。
「っ!! ■.■■■■!」
そして、魔法が発動した。
エニグマの足元に魔法陣が展開され、文字を連ねた鎖が奴を絡めとる。
いつの間にか私の姿も変わっていた。
薄く水色に光る意匠が施されたエナメル素材風のワンピースに、手元には白紙の本。
それは魔法を使用する際の『怪異現実対策委員会』の制服と、私の魔法の媒体だった。
もう既に失われたそれらが展開される。
すぐにエニグマへ虚構化魔法が展開される。
そのエニグマは魔法陣に吸収されるように消え、変わりに白紙の本に解読不能な言語が刻まれていく。
最後には何も存在していなかったようにエニグマの姿が消えた。
……率直に言って、気味が悪かった。
「やったね、千桜。……千桜?」
狛騎の様な人間が私の方を怪訝そうに見つめて来ている。
「おい」
「……何?」
「さっきの話、詳しく話せ」
「さっきの話って……」
そいつは何の話か分からない様に首を傾げる。
しかし、もう何が起きているのかの予測がある程度立っていた。
そしてその通りなのだとしたら。
「獅子門才禍の事だ。何があったのか全て聞かせろ」
最悪という他が無かった。
屋敷に戻り、2人から話を聞いた。
それを簡潔に言うと、こういう事だった。
私は獅子門才禍を虚構化した。
現実では獅子門才禍の罠により、私と狛騎の2人は空泉市から離れた事があった。
その隙に奴らは空泉市を壊滅させたのだ。
それが、途中で罠に気付いて引き返した事になっていた。
女納島という離島に行くはずが、途中で病さんの連絡を取って引き返した。
ヘリで急ぎ戻った私たちはちょうど獅子門才禍が朱納神社を襲撃している所に間に合う。
私と逸先輩、そしてチャコと狛騎の4人で獅子門才禍の虚構化に成功する。
それによって空泉市は守られたとの事だ。
獅子門才禍の虚構化によりエニグマの発生が沈静化し、私たちは平穏な日常を送っているという。
平然と説明する二人の視線を私は見ていられなかった。
必要な情報だけを聞き出すと、彼らに一人にしてほしいと伝える。
そしてすぐにHO-RAIからログアウトし、逸先輩と病さんに連絡を取った。
すぐにオンラインで作戦会議を行われる事になった。
「望みを叶えるエニグマ、だって?」
「あぁ、おそらく間違い無い」
逸先輩の確認に私は同意する。
スマホの通信共有で3人で会話できるようにしてもらった。
そこで私は先ほど得た確信を口にした。
「あの状況はおそらく私の望みが叶ったものだ」
錫蒔狛騎とチャコが生きている。魔法が使える。獅子門才禍の事件が犠牲無く解決した。
もし、獅子門才禍の罠に途中で気が付いていたのならば、というのは私が何度も考えた事だ。
そうすれば、誰の犠牲も無く解決できたのではないかと。
「……なるほど、道理で」
逸先輩の呆れたような、何処か納得したような声が響く。
「『怪異現実対策委員会』 の隊員だが、何人かが今日連絡が取れなくなった。今所在の確認をしている所だ」
「……それはHO-RAIに突入した奴らか?」
「その通りだよ、全く、ミイラ取りがミイラになってどうする……」
このタイミングだ、偶然では無いだろう。
HO-RAIに取り込まれた可能性が高い。
「なるほど、何処も大変な事態になっているようですねぇ」
病の声色もどこか緊張しているようだった。
「病、そっちは何か、……とは言っても半日じゃあね」
「そうですね。とは言っても、いくつか情報は手に入れています」
「どんな情報なんだ?」
この際何でも情報が欲しかった。
このままではエニグマを見つける事すら難しい状況である。
「まず、HO-RAI開発者の皐月莉咲について。彼女は重度のネット引きこもりと依存症により入院治療を受けているようです」
そして病から告げられたのはあまり良くない情報であった。
こっちから何か情報を得るのは厳しいだろう。
「ん? ならHO-RAIは今は誰が動かしているんだ?」
逸先輩が疑問を口にする。
その事に関して病の返答は端的だった。
「不明ですねぇ。現在の所HO-RAIは誰が管理しているのかまだ分かりません」
「……そこがエニグマ、と決めつけるのも危険か」
「そうだな。エニグマが人に取り付いているのか、場所に取り付いているのか、それとも仮想空間に取り付いているのかはきちんと考えるべきだろう」
人に取り付いているエニグマであれば逸先輩が祓う事ができる。場所に取り付いているエニグマでも、魔法協会の誰かが出来るだろう。
しかし仮想空間に取り付いているエニグマを祓える魔術師や魔法使いがいるだろうか。
それは概念に干渉できる魔法でも無いと無理だ。
「それと、もう一つ。これはHO-RAIと直接関係は無いのですけども……」
私と逸先輩が頭を悩ませていると、病がさらに声をかけて来た。
さらに情報を集めて来たらしい。
病が優秀と言う言うのは本当のようだ。
「千桜ちゃんからの依頼なのですけど」
「あぁ、まさかもう何か分かったのか?」
それは難しいという話では無かったのだろうか。
「大伴と空泉北高校はガードが堅かったので、卯月原水朔を調べてみました」
その名前で先ほどHO-RAIで出会った少女の姿が思い出される。
先ほどがすぐに瑞希に連絡を取るとの事だったが、そう言えば瑞希への確認と報告を忘れていた。
「結果、何もわかりませんでした」
病は深刻な声色で情報を集められなかったと報告をする。
けれどそちらはもう解決したも同然の事だ。卯月原水朔を見つめけと早めに病に伝えておくべきだったな、と反省をする。
「……そうか。いや、無理を言ったのはこちらの方だ、すまないな。それに彼女は」
「いいえ。何も情報が出てこなかったんです」
しかし病の様子が何やらおかしかった。
一体彼女は何を伝えようとしているのか。
「空泉市に卯月原水朔という人物の情報が一切無いんですよ。もちろん全てを洗ったわけではありませんけども、ここまで何も出てこないのは異常ですねぇ……」
「待て、つまりなんだ?」
病が伝えたい事が分かった気がする。しかし理解が追いついていなかった。
けれど、その通りなのだとしたら。
「その卯月原水朔という人物は、本当に存在しているんですか?」
先ほど私が出会った女性は、一体誰だ?