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Withコロナ時代のアジアビジネス入門54「チャップリン映画と<チュプキの風景>」@札幌「テレサの森」物語(5)

「街の灯」から「シネマ・チュプキ・タバタ」へ

 「街の灯」(まちのひ、1931年)はチャールズ・チャップリン主演監督によるコメディ映画である。目の不自由な花売り娘に恋するホームレスの姿を描いている。YouTubeで見ると、無声映画ながらも流れる音楽が2人の心情を奏でているようで、弱者への優しい眼差しが感じられる名作だ。

 「街の灯」の英訳は「シティ・ライツ」。「街の灯」という無声映画の感動を目の不自由な人々にも伝えたいとの想いから「シティ・ライツ」の名称をつけた団体がある。

 東京都北区東田端の商店街にある、目の不自由な人も、耳の不自由な人も、車いすの人も、一緒に映画を楽しむことができる小さな映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」を運営するモダンバリアフリー映画鑑賞推進団体「City Lights(シティ・ライツ)」(2001年設立)である。映画館名「シネマ・チュプキ・タバタ」の「チュプキ」はアイヌ語で自然の光を意味する。案内によると、ロビーには大きな木が描かれ、シアターには緑や切り株が配置されていて、とてもリラックスして映画を楽しめる環境であり、「上映するすべての映画にバリアフリー字幕や音声ガイドが付いている」という。

「わたしの庭 レラ・チュプキ」のネーミング

 一方、札幌市南区真駒内郊外の山の傾斜地を<緑の癒し空間>にするべく、園芸療法士の石山よしのさんが創設し、建築家で音楽家の畠中秀幸さんらとともに進める「テレサの森」プロジェクトにおいて、“山”の正式名称が「わたしの庭 レラ・チュプキ」に決まった。

 「わたしの庭」は、この場所を訪れる一人一人が「わたし」という主役であり、「庭」という身近な場所であって欲しいというプロジェクト当初からのメンバーの願いが込められている。「レラ」はアイヌ語で風、「チュプキ」は木漏れ日のような自然の光を意味する。

 この名づけ親は上野恵美子さん。今年4月に東京から石山さんの地元である札幌近郊の北広島市に引っ越し、「テレサの森」プロジェクトに参画したメンバーの一人だ。石山さんの元同僚であり、東京在住時から彼女の今回の取り組みに魂が震えての参画だという。上野さんが石山さんと初めてこの土地を訪れ、身をおいたときに真っ先に感じたのが心地よい「風」と木々の間からあふれでる「木漏れ日」だった。その心地よさは石山さんと今まで関わってきたすべての人々の想いが重なりあって「自然の光」の中で自由に吹く「風」のようだと感じ、「大好きなダイアナ・ロスの曲、(クリックでYouTube→)If we hold on togetherのメロデイとともに、自然に言語化された」と上野さんは語る。

 「わたしの庭 レラ・チュプキ」は、心地よい風にみんなの願いや想いをのせて優しい木漏れ日を感じながらひとりひとりがくつろいだり、自分らしさをありのままにだせるその庭づくりが今も続いている。

 バリアフリーと左手だけのフルート奏者

 東京都北区の映画館「シネマ・チュプキ・タバタ」と札幌市南区の<緑の癒し空間>「わたしの庭 レラ・チュプキ」。同じアイヌ語「チュプキ」=自然の光、木漏れ日=が使われているが、「わたしの庭 レラ・チュプキ」にもバリアフリーの思想が根底に横たわる。それは2011年に脳卒中で倒れて右半身まひとなった畠中さんの存在そのものが雄弁に物語っている。

 石山さんの地元、北広島市の西部中学校でフルート奏者の畠中さんが左手だけでフルートを演奏する音楽会を仲間のピアニスト、JaXon(ジャクソン)さんとともに開いた。この音楽会は北海道新聞の5月18日朝刊に「左手だけのフルートに心酔」の見出しで取り上げられた。同市内の西部小学校は20年前に畠中さんが設計したもので、同小でも今年11月にも畠中さんの演奏会が予定されているという。この他にも石山さんの地域活動と畠中さんのフルート演奏が一緒に設定される機会が増えている。その意味で「テレサの森」プロジェクトは「わたしの庭 レラ・チュプキ」の場に限らず、日常の中に幅広く浸透しているように思える。

 畠中さんは昨年秋、私の書面インタビューに次のように答えている。

 <さて(脳卒中で倒れて)退院後10年が経ちますが病院でのリハビリは続けており、血圧のコントロールのために循環器内科に通い、さらには定期的に脳ドックも受けて、単純に以前よりも健康に気を遣うようになりました。(中略)そのような肉体もしくは生命のことを含めて、病気をしたことによって感じたことがいくつかあります>

 <まずは生命体としての人間の可能性についてです。2014年にピアニストのJaXonに出会い、彼に左手のフルートのための楽曲を提供して頂いています。右腕だけでなく内転筋、肺、唇にも麻痺が残る体で出せる音、むしろそのような体だからこそ出せる音があるはず、と練習を重ねています。(北海道長沼町の工房に)左手用にフルートも改造をお願いしました。左右差の意識をもつことで前後差や上下差への感覚が生まれて、病前よりも徐々にではありますが、音が重力と親和的になってきたように思います。音のカタチとでもいいましょうか・・・>

温かみある音 キタラの大舞台に

 左手だけのフルート奏者、畠中さんはクラリネット奏者で妻のさおりさん、ピアニストのJaXonさんとともに(クリックで演奏会の概要→)7月2日午後1時半から札幌市中央区中島公園の札幌コンサートホールKitara(キタラ)小ホールで演奏会を開く。

 タイトルは「The Magic Touch of Afternoon BAND 〜流転〜」。

 畠中さんが脳卒中で倒れ、併発した適応障害を克服後、初のリサイタルである。

 トータルのコンセプトは<「流転」する音楽たち>。第一部は<「みること」と「きくこと」>がテーマでクラシック音楽とジャズが融合し、クラシックの名曲「アヴェ・マリア」などが自由に変容する瞬間を映像とともに楽しめる企画である。抽象映像を伴ったAve Mariaを案内人としてさまざまな風景や物語が、音楽へと「流転」する。第二部の<「いま」「ここ」で>は、音楽はどこで生まれてどこに消えていくのか・・・、生きること、それこそまさに「流転」である、と問いかけ、曲目は「甦生」(さいせい)左手のフルートとピアノのための協奏曲(作曲 JaXon)、ラプソディ・イン・ブルー(作曲G.ガーシュイン)などである。

 北海道新聞の6月21日朝刊にも「右半身まひを抱え挑戦 キタラの大舞台に」と畠中さんの人生の歩みとコンサートの開催が大きな記事になった。記事によると、畠中さんの演奏のピアノ伴奏を務める音楽教室教師が「病気により温かみとハートのある音に変わった」と語り、畠中さん自身「障害はハンディではなくアドバンテージ(利点)。必要としている人に音楽を届けたい」と話している。

 畠中さんはキタラの演奏会のプロモートで、障碍者施設や養護学校を訪問して演奏してきた。これは必要としている人に音楽を届けたい思いが人一倍強いからだ。

 チュプキ(木漏れ日)が醸し出す景色にレラ(風)が吹く--石山さんは緑に囲まれる「わたしの庭 レラ・チュプキ」で今年秋にも畠中さんをはじめ、プロジェクトに関わる音楽家による音楽会を計画している。「シネマ・チュプキ・タバタ」では<心の眼>で観ることの大切さに気づかされ、映画が好きになったファンがいる。「わたしの庭 レラ・チュプキ」では自然の中で<心の耳>で温かみのある音を聴くことの感動を享受できると信じている。

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