アジアビジネス入門62「チューリップに惹かれて移住した元リケジョ」@地域再生を考える(1)
■知り合いゼロのまっさら状態で北海道へ
よそ者という言葉を意識したのは、神奈川県から北海道オホーツク沿岸のほぼ中央に位置する湧別町への移住を決めた地域おこし協力隊、竹内咲樹(たけうち・さき)さんの存在だ。彼女は役場の企画財政課に所属し、ふるさと納税や町を代表する観光スポット「かみゆうべつチューリップ公園」などのPR業務をしている。
湧別町公式noteを担当する元リケジョの竹内さんは次のように書いている。
「私は九州から東北まで日本各地6カ所に住んだ後、1枚のチューリップの写真に惹かれて移住を決意し、知り合いゼロのまっさらな状態で地域おこし協力隊として2020年10月にひとりで移住してきた“よそもの”です。移住1年目に湧別の人と結婚して一児の母となり、育児休暇を取得させてもらって2023年1月に復職しました。立場的にはすっかり湧別町民ですが、気持ち的にはまだまだ“よそもの”です」
彼女はnoteで発信する目標について(1)湧別町という地名を覚えてもらい、どんな形であれ、関わってくれる人を増やす(2)湧別の魅力をだれでも発信できる場所にする(3)運営1年で「スキ1,000!」(note版の「いいね!」)――の3つの目標を掲げ、“よそもの”の私だからこそ、伝えられる等身大のゆうべつの魅力を綴って濃いページにしていく、と抱負を語っている。
■「近さ」と「遠さ」のアンビバレントな性質
ドイツ出身の哲学者・社会学者、ゲオルク・ジンメル(1858-1918)は、よそ者(der Fremde)について、「今日訪れ来て、明日去り行く人」(旅人)や「昨日からいて明日もとどまる人」(ホスト社会=地域住民)ではなく、「今日訪れて明日もとどまる人」であり、「内部につなぎとめられる人」と定義している。よそ者と地域住民の距離感ついて、遠くのものに親密であるとともに近くのものに対して疎遠であるという親密さと疎遠さ、遠くのものを近づけるとともに近くのものを遠ざけるという近接化と距離化、あるいは集団内において一定の距離を置くとともに集団内のすべて人たちと関係を持ちうるという関与と無関与など二重性があると言及している。ジンメルは、よそ者の特性を「近さと遠さの総合」と表現し、この言説をもとに大谷大学准教授の徳田剛氏は「よそ者の社会学――近さと遠さのダイナミズム」という論文を書いている。
さらに、「関係人口の社会学-人口減少時代の地域再生」の著者である田中輝美氏は、よそ者とは、「異質な存在」であるものの、「近さ」と「遠さ」というアンビバレントな性質を持っており、地域住民との関係によってその異質性が左右される関係概念であると指摘する。
■独自のセンスが光るフリーペーパーの制作
竹内さんは“よそもの”の女性メンバーや地元の高校生らとともに人口8,045人の湧別町の“人”を好きになってもらうフリーペーパーをクラウドファウンディングで制作したり、自らの移住者目線を生かした湧別町移住定住パンフレットの制作に関わっている。フリーペーパーは構成やデザイン・写真に独自のセンスが光る。地域の活性化に向けて、よそ者がじんわりと化学反応を起こしているようにも見える。
よそ者は何も日本人ばかりではない。
オホーツクエリアの北海道小清水町の農協で研修していたベトナム人技能実習生のエピソードは地域における多文化共生を考えるヒントになる。
小清水神社の例大祭の本祭り当日には、大きな神輿(みこし)が町内を回る。ベトナム人実習生も揃いの法被(はっぴ)をつけ大きな掛け声とともに神輿を担いだ。実習生は神輿に関心を持ち、「どうして神輿を担ぐのか。なぜ、祭りをするのか」と問いかけた。とっさの質問に祭りの関係者は「毎年、やっているから」と答えてしまったが、実習生の疑問をきちんと受け止めて地元では郷土の歴史、文化、伝統を見つめ直すきっかけになったという。
■元リケジョのユニークな発想に期待
地域再生の現場では、よそ者の効果として、(1)地域の再発見効果(2)誇りの涵養(かんよう)効果(3)知識移転効果(4)地域変容の促進効果(5)しがらみのない立場からの問題解決効果――の5つがあげられている。よそ者の持つ外部の視点は自意識を高めるための媒体になったり、よそ者の持つ異質性が地域側に「驚き」や「気づき」をもたらし、そこから地域が変容するというものだ。
教科書通りにいかないのは世の常だが、竹内さんはせっかく湧別町に来てくれた大切な“よそもの”である。元リケジョの彼女の引き出しにはユニークな発想がつまっているに違いない。湧別町出身者の一人として、よそ者の異質な発想を大切に育て、地域の活性化に役立ててもらいたいと切に願っている。
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