コラム 小川忠のインドネシア目線 「グス・ドゥルの娘たち」にとってのイスラム寛容

(記事は2018年7月の執筆時点の内容です)

政治による宗教利用

2019年の大統領選挙に向けて、インドネシアは政治の季節を迎えている。大統領選で現職ジョコ・ウィドド大統領の対抗馬と目されるのが、野党グリンドラ党プラボウォ・スビヤント党首だ。同党は、さる6月の統一地方首長選挙において劣勢と見られていた西ジャワや中部ジャワ等の重要州で予想以上に善戦した。政治の風向きを慎重に読んでいた大統領は8月9日、「イスラム学者会議」マアルフ・アミン議長を副大統領候補にすると発表した。

この副大統領候補選びの背景にあるのが、政治の宗教利用である。記憶に新しいのは、17年のジャカルタ特別州バスキ・チャハヤ・プルナマ(通称アホック)知事の失脚だ。大統領に近く、クリーンな改革派として人気があった華人系クリスチャンのアホック知事が、選挙運動中にイスラム教を冒涜する発言をしたとして、「イスラム防衛戦線」(FPI)等強硬派による抗議運動が16年9月に始まった。彼らは11月ジャカルタ中心部で数万人が集まる抗議集会を決行し、参加者の一部が暴徒化し都市機能をマヒさせた。「アホックはイスラムの敵」「ジャカルタ知事はイスラム教徒であるべき」といったネガティブ・キャンペーンの結果、一時は安泰とみられたアホックは17年4月の知事選決戦投票で敗れ、さらにその直後5月の裁判で宗教冒涜罪の有罪判決を受けて失職し、収監されるに至ったのである。

アホック失脚はジョコ大統領にとっては痛手であり、プラボウォにとっては影響力拡大へとつながる展開となった。ちなみにプラボウォはスハルト政権末期、陸軍戦略予備軍司令官として諜報活動に手を染め、一部イスラム勢力を排外主義的に利用しようとした前歴がある。

国民の9割がイスラム教徒であり、かつ都市部中間層において宗教意識の高まる現象が進行する中で、「反イスラム」というレッテルを貼る戦術は、政治的に大きなインパクトを持ちうることを示した一件であった。

今年4月にもスカルノ初代大統領の三女スクマワティがインドネシア・ファッション・ウィークで読み上げた詩のなかに、「インドネシアの歌はイスラム礼拝の呼びかけよりも美しい」等イスラムを侮辱する表現があるとして、前述のFPIが数千人規模の抗議運動を行って、スクマワティは謝罪に追いこまれた。この騒動からも、統一地方首長選挙を目前にして、「イスラムをないがしろにする世俗主義者」というレッテルをスカルノ・ファミリーに貼り、スカルノの娘メガワティを党首とする与党闘争民主党に一撃を加えようという政治的思惑が透けてみえる。

今回の副大統領候補選びで、ジョコ陣営が選択したのは、保守的な宗教見解を連発してきたイスラム学者会議の長老である。これには、「ジョコ大統領は反イスラム的」というプラボウォ陣営からのネガティブ・キャンペーンを防ぐ弱点補強という側面があると考えられる。その一方で「これもまた政治による宗教利用ではないか」というモヤモヤした感情が、政教分離・世俗ナショナリズム志向の強いジョコ大統領支持層一部に渦巻いている。

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