ADHDの診断を受けてコンサータを飲み始めた話(2)
そもそも、「ADHD(注意欠如・多動症)」とは「不注意」と「多動・衝動性」を主な特徴とする発達障害の概念のひとつ。不注意が優位のタイプ、多動・衝動性が優位のタイプ、両方が混合しているタイプの3つが見られる。一部の研究によると、世界的な成人期のADHDの有病率は2.58%から6.76%と報告されている。
ADHDの原因は、まだ完全には解明されていない。しかし、現在の医療においては前頭葉や線条体と呼ばれる部位のドーパミンという物質の機能障害が想定され、遺伝的要因も関連していると考えられている。そのことから、注意集中の改善や多動、衝動性の改善を目的として、中枢神経刺激薬のコンサータ錠がADHD治療薬として厚生労働省の承認を受け処方されている。
コンサータの効果については、個人差が大きいらしい。また、流通も厳しく制限されているため、認定医による処方がなければ手に入れられない薬だ。その前提を踏まえたうえで、私の個人的な体験記を残しておく。
まず、第一印象は「こんなにもすっきりとした世界があったのか」という驚きだ。まるで自分の頭ではないような、そんな感覚を覚えた。
飲み始めて、1時間くらいが経ったときだろうか、いつものように身支度を終えて電車に乗って大学へ向かう。異変に気が付いたのは、ホームで電車を待っているときだ。いつも通りなら、電車を待っている間、常に頭の中がざわめき、ソワソワし、気が付いたらホームの短い範囲を行ったり来たりと歩いているか、Twitterをせわしなくスクロールしたり、取るにも足らない話題をひたすら呟いたり、そんな風に過ごしていたはずなのに、異様に静かだ。凪とはこういう状態を指すのだろう。静かすぎて逆に意識が鮮明に感じる。
少し書き方が正確ではないかもしれない。いつもは常に頭の中がざわめき、そわそわし、ホームを行ったり来たりしている。それは事実なのだが、これまではそれが「当たり前」過ぎて、異常だとも思わなかったのだ。むしろ、この頭の中がシーンと凪いでいる。その状態こそが「異常」でしかなかった。
最初の1日は、なんだか興奮状態だったように思う。
いままで22年間使っていた頭がこんなにも不便だったとは。え、みんなの「当たり前」ってこんなに静かなの?雑音とかないの??なんだか、世界の真実に一歩近づいてしまったような、そんな全能感も覚えるほどの体験だった。
確か、17時過ぎ頃だったと思う。明確にコンサータの効果が切れてきているのが分かった。最初は徐々に、頭の中の雑音がゆっくりと戻ってくる。そして、その音は段々と大きくなってくる。と同時に、副作用で減退していた食欲が復活し、お腹がすいてくる。「ああ、これが薬が切れる感覚なのか」ここまでオン/オフが明確に自覚できると思っていなくて、その効果に改めて驚く。いままで、こんな五月蠅い頭と付き合ってきてたのか。
2日目、3日目と同じような効果が続いた。最初は驚いたものの、徐々に「頭が凪いでいる」感覚にも慣れ初め、日常へと戻っていく。服薬を始める前は、「衝動的に興味を持つことができなくなってしまうんじゃないか」「頭の回転が遅くなるんじゃないか」「ADHDの特性が失われたら、ただの普通に何もできないだけの人になってしまうんじゃないか」など不安もあったが、そこまで万能薬なわけでもない。イメージとしては、全体的に「不注意」が取り除かれたバフ状態みたいなもので、逆に言うと意識的な思考にまでは大きな影響はなかった。
分かりやすく言うと、「これまでは、ラジオの電源は常についていて、つまみを回して波長をチャンネルに合わせたときが集中している状態、逆にどのチャンネルにも合わず砂嵐が流れている状態がそれ以外の状態だった。それが、集中していない時は電源をオフにできるようになった」みたいな感じだ。
これによって、まず行動として歩いているときや何かを待っているときに、ずっと足踏みをしたり、指パッチンをしたり、同じところを歩き続けたり、そんな行動がなくなった。そして、意識としていちばん大きかったのは、集中するための準備行動が必要なくなった。
これまで、何か作業をする前には集中のための準備行動として、雑音が落ち着くまで、まるでラジオのチャンネルを指先の感覚だけで合わせるようなチューニング作業が必要だった。例えば、「強制的に物事を考えさせる動画や本を読んで、無理やり焦点を合わせる」や「レゲエなどの音楽を聴いて、波長を徐々に落ち着かせていく」といった具合に。そうしたチューニングなしに、いきなりスイッチを切り替えるように作業を始められるようになったのだ。
強制的に波長を落ち着かせ、雑音を収束させる力を持つボブマーリー
あとは、時計を強く意識しなくても時間を忘れないように、経過駅を強く意識しなくても乗換を間違えないように、人の話を一転集中しなくてもながら聞きできるように、などなどこれまでは「一転集中してそれ以外は無視」だったのが「全体に散漫せずとも、それとなく注意を向ける」みたいなことができるようになった。気がする。
ただ、4日目頃からこうした「自覚的な」効果のオンオフは極めて感じにくくなってきた。何日か、服薬をやめてみたのだが、そうすると確かに落ち着きがないように思える。服薬をしているときも、確かに日中の方が作業はしやすいし、夕方以降はなんだか集中できない。ただ、1日目~3日目ほど明確に「凪」も感じなくなったし、逆に「頭が五月蠅い」感覚も以前よりはマシになった気もする。(後者は、メンタル面で従来から変化したため、いまは落ち着いてるのかもしれない)
医師によると、コンサータは最初18mgで処方され、その後は徐々に増量し、症状に合わせて増減させていくものらしい。正直、「不注意」の低減といっても、通常の「解熱剤」や「鎮痛剤」などとは異なり、明確で一時的なペインというより、慢性的で主観的なペインに対する治療のため、実際に自分の生活を豊かにしてくれるのかどうかは、長期間に渡り試行錯誤をしてみないと分からない気もする。
無論、薬物治療は根本原因である脳の機能障害を治せるわけではない。あくまで、症状を軽減することが期待できるだけだ。生活のサポートになる程度だと思っておいた方が良いだろう。ただ、確実にサポートにはなっているという感覚が、服薬を始め2週間程度の現時点で確かにある。今後も、自分の特性に向き合っていきながら、自分にしか歩めない人生を少しづつ不器用に進んでいきたいと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?