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Ashoka Fellow Interview | David Bornstein デヴィッド・ボンスティーン


David Bornstein
デヴィッド・ボンスティーン (撮影:渡邊奈々)

実家の父親は毎晩TVニュースを就寝前に見る習慣がある。見終わった頃を見計らい,11時頃に電話をする。「全く、人間というのは劣悪な生き物だよ。動物の方がマシだと思う様になったよ〜」と嘆く父親。「お父さん、もしかしてCNNニュースを見てたの?」半分ジョークのつもりだったが的中だった。

欧米では、ジャーナリストの使命は、「権力者の暴走を抑えるための『ウオッチドッグ(番犬)』」だとよく表現される。ジャーナリストたちは、権力者の毒性を追い、暴き出し、伝えることに奔走する。とりわけ過去10年間、酷い映像が溢れ返り、最初の頃は目を覆っていたが、同じ刺激に慣らされ鈍くなったせいか、それらの酷い映像は日常の一部になりつつあることに気づく。

「残酷な真実を伝えるだけが、我々ジャーナリストの使命なのだろうか?」この時デヴィッドの頭に浮かんだこの疑問が、のちに確立するSolution Journalism(ソリューション・ジャーナリズム)の発端の気づきだった。

もちろん、真実を色眼鏡なしで伝えることが、ジャーナリズムの基本中の基本だが、地獄を作り出す人間の悪の部分を暴くことのみが使命だろうか?

酷い真実を伝え、その隙間に「こんな心温まる良いことをしている人がいるんですよ〜」と、ローカル・ヒーローの細やかだがほっとするスト―リーを織り込む、というのが通常のジャーナリズムの構成スタイルだ。               「それだけでは充分じゃないと、考える様になった。」デヴィッドは続ける。人間の持つ毒性だけが真実だろうか?いやいや、人間には、対極の治癒力もある。ジャーナリストは、真実の「一部」ではなく「全体」を伝える責任があると考えるようになったんだ。」彼は続ける「2015年にエボラ熱についての記事をNYタイムズに掲載した時のことだ。読者のほとんどが、前年の2014年西アフリカで勃発したエボラ熱についての情報を覚えていた。が、一方、有効なワクチンが2015年時点で存在することは報道されていなかった。伝染病について報道するときは、同時にその予防法も伝える必要があるというのが、その時に我々が学んだレッスンだ。」

この信念を共有する仕事仲間のティナ・ローゼンバーグと共に、ニューヨークタイムズ誌に「FIXES(フィクシーズ)」というコラムをスタートしたのが2010年だ。FIXとは、文字通り「直す、修正する」、つまり解決策を意味する。それから11年間続いたコラムは、現存のシステムを変えるまでの結果を出している人々や方策にスポットライトを当てレポートする主要メディアで初めての継続する試みとなった。

「FIXES」に掲載した一つの例を紹介しよう。

人口36000人のオハイオ州クりーブランド市の、毒性の鉛ペンキの被害は数十年に渡って大きな社会問題とされていた。幼児の高い死亡率や子どもの成績の低さや暴力性もその結果であると証明されていても、歴代の施政者は何の対策も実施してこなかった。つまり、鉛ペンキの及ぼす健康被害は、クリーブランド市の当たり前として受け入れられていた。一方、市の財政や人種構成がクリーブランドに似ているニューヨーク州ロチェスター市では、子どもを鉛ペンキの毒から守るためのさまざまな対策を実施していた。そのことを二人の探査報道記者が、地元新聞のクリーブランド・デイリーに掲載した。するとそこから風向きが変わった。内向きだったクリーブランドの施政者が反応したのだ。まず、市の保険部のリーダーが解雇された。次に職員の入れ替わりが起こり、新たな法律制定にまで至った。さらに、共通の問題を抱える他の市が、それらの方策を参考にして改善に取り組むという変化が漣のように始まった。

これは、ジャーナリストが、クリーブランド市の行政を批判し責めるだけの記事を書いただけでは、あり得なかったことの一例である。ジャーナリストの新たなミッションを提示したと言える。「効果的な解決策の大きなデータベースを、蜂のように、俯瞰的にばら撒いたら、変化が起こり始めた。」私たち「番犬」のもう半分のミッションだという僕の気づきが現実となった。FIXESには、多い時で800を超える「解決アイデア」データが市民から寄せられたという。

2016年デヴィッドとティナは、Solution Journalism Network (ソリューション・ジャーナリズム・ネットワーク)を非営利組織として立ち上げ、翌年から活動をスタートした。2019年には、5年間に渡って合計500万ドル(約7.5億円)の助成をナイト財団(Knight Foundation)から受けた。この資金を使って、社会問題に対する解決アプローチをサーチし拡散する記者を訓練する拠点を全米15都市に立ち上げた。

「今の時代にSolution Journalismはとりわけ必要とされている。」とデヴィッドは確信に満ちた声で語る。なぜか? 外に出て木に登ったり、仲間でゲームをしたりするのが、僕たちの子ども時代だった。アメリカに限って言えば、1980年代にそういう「遊びベース子ども時代」が、少しずつ陰を潜め、2010年に入ると消滅。そこで取って代わったのが、「スマートフォンベース子ども時代」だ。全てがスマートフォンの画面の中で完結する。木や海の匂いや人の息遣いは存在しない世界だ。その世界で育った子どもたちの幸福度が縮小し、メンタルヘルスの劣化が顕著だ。子どもたちは、溢れるような残酷で醜悪なニュースに溺れそうになって生きている。

「こんな世の中を作りだした大人とは全く違う威力を持つ大人の存在をスクープし、スポットライトを当てる必要がある。」と、デヴィドは考える。

 2024年7月 インタビュー・文責・撮影  渡邊奈々

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