マーク・カンパナーレ:金融の流れを変え、気候変動を食い止める (究極のチェンジメーカー #4)
「究極のチェンジメーカー」シリーズについて
私たちアショカは世界最大の社会起業家ネットワークです。1980年創立以来、アショカ基準の社会起業家を発掘しており、2020年までに世界90カ国以上で約3800人を「アショカ・フェロー」として選出してきました。彼らは、社会にある問題の表面的な応急処置ではなく、それらの歪みを生み出している水面下の仕組みそのものを変えています。この連載では、社会を大きく変えている、「究極のチェンジメーカー」の名にふさわしいアショカ・フェローを一人ずつ紹介していきます!
不都合な真実
Carbon Trackerを立ち上げたマーク・カンパナーレが指摘するのは、とてもシンプルですが、ショッキングな事実です。
「パリ条約を守るためには、埋蔵されている化石燃料の80%~90%を使うことはできない。しかし、このことを明言している企業や金融機関はほとんどなく、全てが使える前提で価値が計上されている。このままでいつかバブルが崩壊し、金融危機を迎えてしまうかもしれない」
これはどういうことでしょうか?
気候変動対策の現実と、金融界の現実
パリ条約では、地球温暖化を1.5℃未満に抑えることを目標としています。これを達成するために、地球全体であとどれくらいの温室効果ガスを排出できるのか(=カーボンバジェット)というと、300~400ギガトンと言われています。
一方で、現在埋蔵されている化石燃料を全て使用すると、2000~2500ギガトンの温室効果ガスが排出されます。つまり、パリ条約の努力目標を達成するためには、化石燃料の80~90%は燃やすことが出来ず、地中に埋めたままにしなければいけません。
ここで問題となるのは、資源メジャーなどは「自社が保有する全ての化石燃料を使用できる」という前提で資産価値を計上している、ということです。これから世界が脱炭素へ大きく舵を切り、化石燃料が使えなくなるとすると、彼らが「資産」としている石油や石炭などが一気に価値のないものとなってしまいます。このように、将来的に価値がなくなってしまう資産を、マークは「Stranded asset (座礁資産)」と呼び、今の状況をカーボン・バブルであると説明しています。
もし化石燃料の価値が一気に下がりバブルが崩壊すると、金融全体が大混乱に陥ります。また、資源会社が倒産に追い込まれるだけでなく、それらに投資していた金融機関や投資家たちも、大きな被害を被ることになります。
取り返しのつかないほどに気候変動が進んでしまうこと、そして世界経済が危機を迎えること。その両方を避けるためにマーク・カンパナーレは活動しています。
① 大規模なダイベストメント
ダイベストメント(投資撤退)とは、インベストメント(投資)の逆で、今回は、「化石燃料を扱う企業の株、債券、投資信託などを手放すこと」を指します。
石油や石炭などは常に必要とされてきたため、リターンが良く、安定した投資先として考えられてきました。しかし、近いうちに化石燃料の価値が一気に下がるだろう、というマークの予測に同意する金融機関や投資家は、その投資をやめることで、自身のリスク回避することができます。
また、お金の流れは民意の流れでもあります。「ESG投資」という言葉も広がっていますが、より多くの投資家や金融機関が環境への配慮がない企業へ投資をやめ、再生可能エネルギーなどへの投資を行うことで、脱炭素社会への道筋が見えてくるのです。
マークは、環境系NGO「350.org」のリーダーBill McKibbenと共に約1500兆円分のダイベストメント・キャンペーンを進めました。その一部として、デンマークとアメリカの年金基金、さらに仏AXAも石炭関連債権を手放すことを決めました。
② リスク分析と資産価値の見直し
石油や石炭などの資源を持つ会社や金融機関に対しては、マークがコンサルタントのような形で関わり、それぞれの企業が保有する資産が直面するリスクを説明しています。シナリオ別のリスク分析を行った上で、会社が取れる対策を考え、資産価値の見直しを勧める場合もあります。
実際、資源メジャーの一つ、英国のBP (British Petroleum)は、自社が保有する資産価値を1.8兆円下方修正したほか、2030年までに石油・ガス生産量を40%カットすると宣言しました。
③ 報告・説明責任
また、化石燃料が直面しているリスクをきちんと説明することを、資源会社や金融機関の新しいスタンダードとして導入しています。
「もし保有している化石燃料が消費できなくなったら」
「もし再生可能エネルギー革命が起きたら」
どのような影響があるかというリスクの説明や、報告書への記載は今まで行われてきませんでした。
今では、34の中央銀行を含む、世界の374の金融機関が金融リスクについて報告書に記載する新しい基準を取り入れています(2019年時点)。また、英国の中央銀行であるイングランド銀行の総裁は、これらの分析と対策を考えるタスクフォースを立ち上げました。
また、シティグループは投資家に対し、「世界の化石燃料産業では100 兆ドルの価値が危険にさらされている」と警告しました(2015年)。
まとめ
1. 大規模なインベストメント
2. リスク分析と資産価値の見直し
3. 報告・説明責任のスタンダード
という三本柱で、気候変動と金融危機、二つの大きなリスクを防ぐために行動しているのがマーク・カンパナーレです。
敵ではなくパートナー
環境活動家のグレタ・トゥンベリさんをはじめ、資源会社や金融機関、各国政府を敵だと捉え、怒りを露わにして変革を迫るデモの様子などがよく報道されています。実際、筆者(スタッフ・芦田)も大学時代に友人とデモ行進に参加し、大声を出していた一人です。参加したのは小さな町でのデモ行進でしたが、世界中で600万人もの若者が同時に声をあげている姿に感動したことを覚えています。
一方で、大声で誰かに変革を訴えることがベストなのだろうかと、デモに参加しながら自問している自分もいました。もちろん「これはもう残り時間の少ない、緊急の問題だ」と発信することは大事なことだと思います。しかし、目の前にいない「政府や企業、富裕層」を敵視し、彼らをアグレッシブに批判するスピーチを聞きながら、これで何かが変わるのだろうかとどこかモヤモヤを抱えていたのも事実です。
どちらがいい、悪い、というのではなく、マークはデモをする活動家と違うアプローチを取っています。彼は、大規模なダイベストメントを進める一方で、金融機関や資源会社に対しても、同じゴールを達成するためのパートナーとして声をかけていきます。
「あなたの企業が持っている資産が急に価値ゼロになったら困りますよね。皆さんの投資しているお金が無くなってしまったら困りますよね。一緒に考えていきましょう」
そうやって、より多くの人を味方として巻き込み、一緒によりよい未来を作っていくのが、新しいリーダーシップの形なのかもしれません。
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もっと詳しく知りたい方へ
・Carbon Tracker Initiative - https://carbontracker.org/
・Carbon Trackerによる報告書(日本語) - https://sekitan.jp/jbic/wp-content/uploads/2015/07/Unburnable-Carbon-Full-rev2-1_JP.pdf
・日本経済新聞によるマークへの取材記事:「迫る水産資源の危機 企業・投資家リスク認識を」
・アショカによる、Mark Campanaleの紹介(英語)
・「日本における石炭火力発電の座礁資産リスク」
カーボントラッカー・東京大学未来ビジョン研究センター・CDPジャパンによる報告書。石炭火力発電の座礁資産リスクは710億ドルに上る恐れ、としています。プレスリリースはこちらから。PDFはこちらから。
・Sustainable Japanによる、座礁資産の解説