私的遣欧日記⑥
旅は続く。パリを出発した私は、夫とアンパンマンと次の国を目指す。空を滑らかに進む飛行機。見下ろすと海が見える。目的地コペンハーゲンだ。
到着したカストロップ空港。市内へはここから電車で15分ほどで行ける。ずいぶんコンパクトで便利だ。アンパンマンとは空港で別れた。彼は以前も訪れた思い出の街に一人で泊まりたいらしい。そう、ロマンチストだから。
宿のホストから事前に細かく丁寧なメールをもらっていた。指示通り、チケットを買う。車窓から見える風景に目を奪われる。空港も街も明るくてクリーン。無駄がなく洗練されたデザイン。この街がすぐに気に入った。パリでの緊張感もほどけていった。
宿の最寄り駅に到着。エレベーターが混み合っており、階段を上ることにした。重たいスーツケースを運ぶのが大変で、二人ともそれに集中した。ようやく上り切り、方向を確かめようと少しうろうろしていた時、夫のリュックが全開になっているのに気づいた。「あれ、開いているよ」。そう伝えると、夫の顔色が変わった。リュックの中に入れていた小さいバッグが丸ごとなくなっている。スリだ。財布もパスポートもクレジットカードも全部盗られてしまった。どうしよう。とりあえず宿に向かい、ホストに相談することにした。
ホストのMalteさんはとても親切だった。部屋に着き、持参したガイドブックの「パスポートを盗難された場合」という部分を読む。このページが役に立つことになるとは思わなかった。まず警察に行って書類を発行してもらい、その書類と写真や住民票の写しなどを持って、日本大使館に行く必要があるらしい。たまたま私の携帯の中に住民票の写真が保存されていたのもラッキーだった。クレジットカードの会社に連絡して利用を停止する必要もある。電話が使えない我々に代わり、Malteさんが方々へ電話をしてくださった。
カードを止める手配が終わると、今度は警察。Malteさんの先導でバスに乗る。道中、車内から見える建物をいろいろ説明くださり、ガイドまでしてくださった。救世主教会。クリスチャンスボー城。チボリ公園。警察で書類をもらい、渡航証用の写真を撮る。今日できることはやった。大使館はもう閉館だったため明日行くことにし、帰路へ。結局Malteさんは14:30頃から18時過ぎまでずっと一緒にいてくれた。我々を気遣い、このようなことになってしまったことをスリの代わりに謝り、警察で事情を説明し、手続きを助け、全部終わると宿の最寄り駅まで送ってくれた。人に対してここまで親切にできるだろうか。優しさが心の隅々まで染み渡る。Malteさんでなければこんなにうまく進められなかっただろう。何度もお礼を言い、駅で別れた。
もうこれ以上悪いことが起きることはない。失うものも何もない。割と清々しい気持ちで帰宅し、近くのスーパーでワインやらチーズやらハムやらパンやらサラダやらベリーやら買い込んで乾杯した。さすがに疲れたのだろう。夫は倒れ込むようにして先に眠りに落ちた。なかなかな幕開け。珍道中の始まりだ。
2019年10月28日