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余珀日記11

右目から糸が出ている気がする。髪の毛だろうか。よく分からないが糸状の何か。右目周辺を指で触る。鏡で見てみる。探しても糸は見つからない。

3年前の10月、顔の右側を3箇所骨折した。鼻と口の近くが2箇所裂けて縫った。前歯も欠けた。左足も切れて縫った。縫った顔を隠すのに半年ほどマスク生活を送った。

折れた骨は1ヶ月でくっつき、縫った箇所も1年でほぼ目立たなくなったが、右目周辺に小さな違和感は残った。恐らく骨折した時に神経か何か切れたのだろう。今でも時折、右目から糸が出ているような錯覚に陥る。顔の皮膚の下はきっと糸状のものが寄り集まってできているにちがいない。

怪我をした当時、毎日マスクを付けていても意外と目立たなかった。冬は風邪かと聞かれた。春は花粉症かと聞かれた。怪我の説明が面倒な時は「そんなところだ」とお茶を濁した。本当のことはいつだって外からは分からない。

半年もマスクを付けて生活するなんてあれっきりだと思っていた。感染予防のため。ひょっとすると怪我を隠すため。大勢の人がマスクをする今、紛れることができてほっとしている人もいるかもしれない。

楽しそうにおしゃべりをするお客さま。お連れさまが仕事に夢中なのを寂しそうに見つめるお客さま。愛する誰かに想いを馳せるお客さま。マスクを外した人たちのいろんな表情が見える。楽しそう。寂しそう。幸せそう。そう見えるけれど、そうではないかもしれない。マスクを外したって本当のことは外からは分からない。

せっかく傷を負ったのだから、その分何かを感じられるようになるといい。細胞に味蕾が増えるように、何かを感じ受け取る力が強くなるといい。分からなくとも分かろうする自分でありたい。

分からなくとも祈ることはできる。毎朝、包丁を手に取る前に祈る。今日いらしてくださるお客さまが幸せで溢れますように。喜びで溢れますように。お客さまにとって今日という日が「よい一日になりますように」。

https://note.com/ashogaki/n/n1efc7a920d95

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正垣文
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