「弱者男性のエンパワメント」はなぜ「多様性」から叩かれるのか
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Twitter上の限られた界隈でのみの論争だと思われていたが、「弱者男性」がトレンド入りするというまさかの事態となった。
発端となったのは次のツイートである。
昨日、東大駒場キャンパスで掲示された「弱者男性をエンパワメントする」立て看板(通称:「チー牛」立て看)が設置されたことを受け、学生有志で公開抗議文を作成いたしました。不必要に分断を招き、また差別を助長する言説を、私たちは断固糾弾します。 pic.twitter.com/roLYZTAOAU
— UTokyo Diversity Network - 多様性を目指す東大有志のネットワーク (@UTDiversityNet) July 29, 2022
これは「弱者男性をエンパワメントする」立て看板への抗議文だ。
ツイートを削除されては敵わないので、画像をここに貼る。
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端的に言うと、「弱者男性をエンパワメントするのは女性の権利を抑圧することになるからやめろ」ということなのだが、少し詳しく見ていこう。
弱者男性とは誰を指すのか
弱者男性とは、男性のうち社会的に弱者とされる位置付けの人を指す。弱者男性には経済的に苦しい状況である経済弱者も恋愛の相手がいないいわゆる「非モテ男性」である恋愛弱者も両方含む。
↑この方のような男性は典型的な弱者男性といえるだろう。
弱者男性論はフェミニズムとも無関係ではなく、しばしばフェミニズムのバックラッシュとしての文脈で語られることが多い。フェミニストでも以下に挙げるような記事を書いている人がいる。
これだけ聞くとフェミニストは弱者男性の味方をしているように思われるかもしれない。実際フェミニズムでは「全ての人の権利を求める」などと謳っている。ではフェミニストが弱者男性についてどう語っているのかを見ていこう。
弱者男性を苦しめるのは誰?
笛美氏のnoteについてはかなり前に述べたことがあるので割愛する。
ここではトイアンナ氏の記事で説明しよう。
弱者男性を縛る「男らしさ」とは何か。石川洋明『「男らしさ」に関する実証的研究』では、以下の項目を男らしさの要素として抽出された。
「男らしさ」として選ばれた項目
・男は経済力や忍耐力をもつべきだと思う
・男は仕事ができないとメンツにかかわると思う
・定職についていない男性は一人前でない
・仕事の出来ない男は女よりも肩身が狭い
このような価値観が浸透すれば、「そうでない男性」はマイノリティへ押しやられる。〈略〉
今トレンドになっている主な流派は「99%の人が連帯できるフェミニズム」であり、男性を敵視しない。〈略〉「男らしさ」を作ってきた家父長制や、資本主義こそ変えていくべきだという主張がなされている。その他さまざまな主張はあれど、男性へ男らしさを強いる側に、フェミニストはいないのだ。
弱者男性の苦しみは家父長制が作り上げたものである。フェミニストは家父長制を変えていくものである。これがフェミニストの主張だ。だが実際はどうだろうか。
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これらは弱者男性の苦しみを理解せず(あるいは理解しているのかもしれないが)、彼らの苦しみを家父長制にあるとして矮小化し、女性の権利を強調する道具にし、人権を奪うものばかりだ。フェミニストが「多様性」を重要視し、「全ての人の権利を求める」思想だと謳っているにも関わらず。つまりフェミニストの言う「多様性」「全ての人」に弱者男性は入っていないということだ。
それにも関わらず、フェミニストたちは弱者男性の苦しみを頑なに家父長制のせいにする。
(あえて)誤読している人間が多すぎて目眩がしているのだが、
— 東大立て看同好会 (@tatekan_UT) July 29, 2022
「男性」の「弱者」が家父長制の構造の中で抑圧されているという事実は認めた上で、「弱者男性」運動が抑圧者である強者男性ではなく、より抑圧されている女性や他のジェンダーから権利を奪い、あるいは権利獲得を妨害するという(続) https://t.co/sR2KFzTKlK
方向性であることを非難しているのでは?
— 東大立て看同好会 (@tatekan_UT) July 29, 2022
よって声明文は男性の弱者を抑圧するものではない
既に反論済みですが、実際に自由恋愛において女性が男性を抑圧している例がある以上、抑圧者が強者男性というのは通りません。
私も昔はそういう考えだったけど、「どんな議論にも議論によって反論すべきだ」という態度は、シスヘテロ男性という、まさに「結婚の自由」も「生殖の権利」も奪われたことがない特権的なジェンダーだからこそ取れるものなんですよね。
— 東大立て看同好会 (@tatekan_UT) July 30, 2022
実際に弱者男性は結婚の自由や生殖の権利を奪われています。だからこそ出ているのが「女をあてがえ論」ですが、これは女性をモノ化しているわけではなく単なる皆婚制度です。
彼女や奥さんがいないとしても、
あなたは大切にされることに
相応しい人間なんです。
いや、恋愛する相手がいないのが問題なんですが話すり替えてますよね?
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あなたは生理痛が辛いからといって子宮を摘出するんですか?
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ホームレスの男女比は日本ではほとんど男性なのに3割が女性です。日本の方が治安がいいはずなので危険だから女性がホームレスにならないわけではないことは明らかです。
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長時間労働したければ夫を養えばいい(のに専業主婦やその希望者が多い)し、引きこもりや自殺はやりたくてやっているものではありません。
そう。敵は家父長制や強者男性などではない。フェミニズムだ。
「チー牛」とか「弱者男性」とか
— 幸せになりたかっ太 (@grandherusu) July 30, 2022
発達障害気味の男性だったらどれだけ言葉で傷つけてもいいみたいな風潮がつらすぎる
SDGsはどこへ行ったんだ
女性が弱者男性を嫌悪する本能的な仕組みは分かるし否定はしないが、近代的人権思想から派生したフェミニズムの皮を被って「差別してもいい理由」をデッチ上げながらやるのは醜悪だっていう事
— 射的屋 (@syatekiya072) July 29, 2022
>誰かが犠牲になることで守られる権利は、保証されるべき権利ではありません。
— やまもとやま(美少女) (@mt_yamamoto_) July 29, 2022
あらゆる財が無から湧くわけでない以上、権利の主張とは大なり小なり誰かの権利を侵食する性格を帯びるのだけど、こういう自己言及性のかけらもなく他者の不当さを言い募れることこそが「幼稚な権力者」の振舞いなのよ。 https://t.co/038SNAHEQk
なぜ弱者男性は排除されるのか
一言、これに尽きると思う。
女の弱者男性嫌悪、弱者男性に恋愛市場に出てこられたらキモくて仕方ないという負の性欲が湧くし、女よりも弱い男がいるという事実を認めてしまったら、女に対する(本来不必要な)ケアのリソースが奪われてしまうので、女からしたら「弱者男性」というワード自体が女の敵なんだよな。
— わとりん2 (@watorintaro) July 30, 2022
もし弱者男性が女性よりも弱者であると認められてしまったら、自分が持つ最強の「弱者属性」を使えなくなる。ましてその弱者を作り出しているのが自分たちだと分かってしまえば、利益を減らされることは間違いないだろう。だからこそフェミニストたちは絶対に「弱者男性の苦しみは家父長制のせい」という姿勢を崩さない。
しかし、逆説的ではあるが、そもそも自分のことを「弱者」であると自称できることそのものが、強者である証なのである。
「ある属性に優遇を与えると他の属性にとって不都合が生じる」というシチュエーションは無数にあるわけだが、女性優遇はどのようなシチュエーションでも無制限に肯定され、男性の場合はごく僅かでも外部性があれば糾弾される。この二重基準を「差別」と言うんですよ。
— 小山(狂) (@akihiro_koyama) July 30, 2022
現代社会、弱者を名乗るには「弱者と認められるような政治的正しさや社会的地位が必要」という捻れ構造が生じており、弱者と正々堂々名乗れる・認められること自体が強者の証になっている
— rei@サブアカウント (@Shanice79540635) July 30, 2022
このような議論はこの界隈ではとうの昔にされている。それでも私が今回noteを書いたのは別の理由からである。
別に当該ツイートについても特に驚くべきことではなかったのだが、これにより「弱者男性」がトレンド入りした。
もちろんTwitterをやっている人がそのまま人口と繋がるわけではないが、多くの人が利用するTwitterで注目される場に弱者男性論が上がったのは一つ大きな進歩であろう。
この界隈で議論されている問題、ひいてはフェミニズムの害悪が一般にも知られていくことを願うばかりである。