異次元へのワープゾーンJR幕張本郷駅
幕張新都心への玄関口は、JR海浜幕張駅が有名だ。幕張新都心にある様々な施設に一番近い駅だ。だがJR海浜幕張駅のある京葉線よりも総武線の方がアクセスしやすい千葉の人や、上野や秋葉原方面からのアクセスする人たちは、JR幕張本郷駅を利用する人も多い。
コロナ禍になる以前までの話だが、私はこのJR幕張本郷駅に着いた多くの人たちの顔つきが、尋常じゃなかったことを記憶している。その顔は、これから向かうハレの場所への期待と興奮が、到着前に早くも漏れ出して顔が紅潮しているような、そんな表情の人たちをよく見かけた。その人たちは決まって、改札からロータリーのある出口に向かい、全長18メートルもあるシャトルバスへ乗り込んでいった。
そのバスに乗った人たちの行き先は、幕張メッセであり、ZOZOマリンスタジアムであり、幕張新都心に数多くある高級ホテルだった。幕張メッセは、いわずとしれた日本屈指のイベント会場である。サマーソニック、東京モーターショー、東京ゲームショー、ニコニコ超会議、カウントダウンジャパンなどなどの大きなイベント、くわえて様々なビッグアーティストのライブ・コンサートが行われていた。ZOZOマリンスタジアムは、千葉ロッテマリーンズの本拠地であり、サマーソニックの時にはライブ会場、幕張ビーチ花火フェスタの観戦スタンドにもなっていた。そして幕張新都心の高級ホテルでは、毎日何組もの結婚式が行われていた。
このような非日常へ向かう人たちが通る通路が、JR幕張本郷駅の改札を出てロータリーに向かう通路だった。私には、その通路を歩く人たちが、日常から非日常への通路を進んでいるように見え、その顔が、歩を進めるごとに徐々に変わっていくように見えた。だからその通路は、なにか非日常への入り口、異次元へのワープゾーンのように感じていた。
そしてJR幕張本郷駅には、もう一つ別の出口がある。シャトルバスの停まるロータリーへ出る出口の途中に別れて、陸橋の上に出る出口だ。
陸橋への出口は、陸橋全体の三分の一くらい登った地点に出る。その陸橋を越えるとシャトルバスのロータリーと線路を挟んで反対の地域になる。その辺りの地域には、地元の人が利用する居酒屋、バー、個人経営の飲食店などが何軒かあったり、地元の人が買い物をするスーパーがあったりする。しかし、何かスペシャルな施設があるわけではない。だから陸橋側の出口は主に地元の人が利用している出口だ。こちら側の出口に向かう人たちのほとんどは、通勤や通学、お出かけの帰り道の途中という風体だ。顔つきは落ち着いて、通常営業といった雰囲気だ。
だが実はこちらの出口にも、非日常への入り口がある。いやこちらの出口にこそ、異次元へのワープゾーンであるJR幕張本郷駅の象徴的な風景がある。
それがこちらの写真だ。
<昼の風景>
<夜の風景>
数多くの線路、数多くの車両、地平線まで見えそうなパノラマ。この風景が私には非日常の風景だった。私は最初にこの風景を最初に見た時、なぜ?という感覚になった。千葉県民である私は、JR幕張本郷駅は総武線の一つの駅であり、こんなに多くの線が乗り入れていないことが分かっているからだ。だからこの数多くの線路に数多くの車両。それが現実にはありえない風景に見えたのだった。
もちろんネットで検索すれば容易に分かることだが、この場所は「幕張車両センター」というJR車両基地で、電車を点検整備、鉄道車両の滞泊、列車の組成等を行う施設の敷地である。千葉を走る多くの電車がここで点検整備をされているようだ。しかしそれを全く知らなかった私は、なぜ?という感覚になったのだ。そしてそのなぜ?追いかけるようにして、私の頭の中を「線路は続くよにどこまでも」の歌が流れた。
私は子供の頃、よくあの歌を歌った。あの歌には、目的地が出てこない。「はるかな町」しか出てこない。だから幼児期の私は、線路はどこまでも続いていていると思っていたし、線路がどこに続いているか分からなかった。その行き先は、ここではないどこか。夢の国のような気がしていた。この風景を見た時、あの歌を歌っていた幼児期の感覚が蘇った。この複数の線路が見える陸橋からのパノラマは、行き先の分からない数多くの線路、行き先の分からない沢山の電車が並んでいて、自分をココではないどこかへ運んでくれる気分にしてくれたのだった。
これらの線路のうち何本かは、「はるかな町」に続いている錯覚に陥る。そこはユートピアなのか、ディストピアなのかはわからない。だが、これらの電車は確実にどこか非日常に運んでくれるという確信が沸き起こるのだった。
それは、子供の頃には感じていたが大人になって忘れていた感覚が蘇った瞬間だった。大人になると、全ての電車に行き先があり、終点があり、正しい目的地に行くには、正しい電車に乗らなければならないと理解する。そして人生も、正しい目的地があり、正しい行き先の電車に乗らなければならない気がしてくる。だが実際は、人生に正しい目的地なんてないし、正しい電車なんてない。行き先の分からない電車に乗らなければならないような場面ばかりだし、思ってもみなかった目的地に運ばれることもしばしばだ。特に今のコロナ禍では、この先どこに行くかなんて、誰も予想出来ない。だけど私たちは、非日常に向かう子供のようにワクワク感を持って、積極的に行き先の分からない電車に乗り込む姿勢を崩してはいけないということを思い出す風景がここにはある。
コロナ禍が落ち着き、イベントが普通に開催されるようになった時、多くの人たちが幕張メッセ、ZOZOマリンスタジアム、幕張新都心の高級ホテルに行く機会が増えるだろう。その時は是非、ちょっと面倒にはなるが、まず陸橋出口に出て欲しい。この景色を眺め、また駅へ戻る。その後ロータリー出口へ出て、幕張メッセなどの非日常に向かう。さすれば、もっと非日常感を味わえること間違いなしだと思う。