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朗読:枯れない花物語3「月とカメ」


本編

ある森に2匹のカメがおったそうな。
このカメはオスとメスのカメでね。カメは生まれたらすぐに冒険に出なけりゃならん。このカメさんたちも生まれてすぐに冒険の旅に出て、仲間たちが次々と食べられたり踏みつけられたりする中でな、毎日せっせとご飯を食べながら大きくなっていったんじゃよ。

オスは言ったんじゃ。
オス「ねぇ、ぼくがもっと大きくなって強い甲羅を持つカメになったらさ。ぼくたち結婚しようよ。可愛い卵をいっぱい産んで、美味しい草を食べて、また卵をいっぱい産んで、いつかこの森をぼくたちの子どもでいっぱいにしようよ。」
メスは嬉しそうにね、オスに向かって頷(うなず)いたんじゃ。

2匹のカメは幸せじゃった。毎日いっぱいの草を食べてな、のんびり陽のあたる丘にのぼって日向ぼっこをして、夕方になればいつもの巣穴に帰って眠るんじゃ。
オス「ぼくたちはいつまでも幸せでいようね。」
オスはいつしか奥さんになったカメにそっと口づけをしながら眠っていたのじゃ。

さて。メスに最初のお産の日がきてね。お腹が痛いと朝から大騒ぎ、オスはおろおろとするばかりで何もする事ができなかった。そうこうしているうちにメスがいよいよ産気づいてね。後ろ足で穴を掘ると、かわいい真っ白な卵を1つ、2つ、3つ…70個も産んだんじゃよ!
オスはよろこんでねー。すっかり疲れ切ったメスに
オス「よくやったよ!おつかれさまだよ!愛してるよ!」
なんていっぱいほめてかわいがってやった。

ところがじゃ。せっかくオスがもってきた美味しい草を、メスは食べようともしない。それどころか笑う事も忘れてさっさと甲羅の中に潜ってしまったんじゃ。具合が悪い、と言ってね。
オスは心配で毎日のようにメスに美味しい草を運んだんじゃが、まるでメスは元気にならない。それどころかどんどんと口数も減っていってね。

カメさんは長生きじゃが、病気になってからも長いんじゃよ。一ヶ月、二ヶ月、そして半年。次第に元気がなくなるメスにオスは参ってしまってね。
ある日の夜、いつもの日向ぼっこの丘に上った月に話しかけたんじゃ。
オス「ねえ、月さん。ひょっとして、ボクの妻はもう死んでしまうのかい。そんなのないよ、カメはまだまだ長生きするはずじゃないか!どうしてうちの妻だけが…」

月は答えたね。
月「何もお前の妻だけが苦しんでいるのではない。どの女も出産は命がけだ。諦めなさい。」
オスは黙っちゃいなかった。
オス「黙れ!ぼくの妻はな、最初の出産だったんだ!卵を70個も産んだから疲れているだけなんだ!う…う…うわぁぁぁぁ…(嗚咽)」
オスがあんまり泣くものですから、月も大きなため息をつくと言いました。
月「わかった。お前の奥さんを治してやろう。その変わりお前は試練を受けなければならないよ。今立っているその丘で、奥さんがなおったと言って甲羅から出てくるまで、お前は4本足でじっと立っていなければならない。もし少しでも動くと、かけられた祈りは解けてしまうからね。できるかな。」
オスは喜んでうなずいたよ。

それからじゃ。雨の日も風の日も、オスはいつか甲羅から出て迎えにきてくれるメスを待ち、丘の上に立ち続けたんじゃ。いつしか産んだ卵も孵(かえ)って子ガメたちが挨拶にきたんじゃが、それでも黙って立ち続けたんじゃ。

オス「妻を治すんだ…絶対に治すんだ…どんなに辛くても…」
うっかり寝そべってはいけないとね、オスは眠りもせずに立っていたんじゃ。見ていた雲があまりにオスが可哀想になってね、優しい雨を口元に降らせてたんじゃ。

それからもう1年以上が過ぎようとしていたよ。オスはだんだんと足先からかたい石になっていってね。おなかもすかなくなった。意識も最近は途切れがちになって、自分が立っているのかもよくわからなくなってきたんじゃ。

その時。丘の向こう、オスが視線を向けていた先から、懐かしいメスの姿が歩いて来るのをしっかと見たんじゃよ。オスはあまりに嬉しくて歩み寄りたくなったが、目以外は全て石になってしまったね、動く事もできないんじゃ。
でもオスは嬉しかった。やっとメスに会えた、その喜びで1つぶの涙が足元に溢れたんじゃ。

涙はオスの右手にあたってね、するとどうじゃ。涙の落ちた場所から実にいい香りが立ち上ってね、オスの周りにはまるで見たこともない大輪の花が絨毯のように咲き乱れ、オスは輝きながら石から元のオスの姿へと変わっていったんじゃ。
そしてその咲き乱れた花がね、月下美人と呼ばれる花だったんじゃが、カメの周りに咲いた月下美人はいつまでも枯れずに、二匹のカメを見守って咲き続けていたんじゃとさ。

2024/7/21 みゆき・シェヘラザード・本城
2025/1/21 加筆修正

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