タロミケ:ローストビーフ
「おいミケ、何を見てるんにゃ?」
ミケはよく日向ぼっこをする家の屋根に座って、隣の家の中を見ている。時折目を細めたり、手をなめたりしながらじっくりと中を観察している。
「タロきたか、まああれを見るにゃ」
ベランダからぴょんぴょんと登ってきたタロは、ミケに言われた家の中を見てみた。
「なんにゃ、あれはアホチワワのラッキーじゃないか。どうしたにゃ?ラッキーがどうかしたにゃ?」
タロはとたんに興味を失うと、陽がよくあたりそうな辺りに陣取って寝そべり、大きなあくびをした。
「アホはオマエだタロ、ラッキーのヤツが食べているものをよく見るにゃ」
「なんだにゃ、イヌはマグロ食わないにゃ、何を食ってるって言うにゃ」
タロはもう一度起き上がるとじっとラッキーの口元を見た。小さなお皿にピンク色の何かが見えている。
「あれはなんだ、ピンク色に見えるが、マグロか?」
「あれはにゃ、ローストビーフにゃ。しかもオレの見たところ、国産のウシで作ったローストビーフにゃ」
ミケが言うと、タロはまた興味を失ったように座り込んだ。
「なんにゃ、要するに肉か。オレは肉あんまり好きじゃないにゃ、香りはいいにゃが食べると硬いしにゃ。やっぱりオレが好きなのはマグロだにゃ。」
タロの様子を見ると、ミケはキリッと言った。
「ローストビーフはにゃ、硬くにゃい。むしろマグロのようにやわらかくてにゃ、食べると肉汁が口に広がるんにゃ。いいかタロ、海のマグロ、陸のローストビーフと言ってにゃ、俺達高貴なネコ様が食べるべき食い物の1つにゃ。」
タロは「にゃっ!」と飛び跳ねてミケの前に座った。
「にゃにゃにゃ!にゃんだってぇー!海のマグロ!?陸のローストビーフ!?にゃにゃにゃにゃにゃ!?オレローストビーフ食べたことないにゃ!」
ミケはさらに目を細めてラッキーのエサ皿を見ている。
「ネコ様にはサカナと人間は思い込んでるからにゃ。ローストビーフをネコ様に召し上がって頂こうと言う人間は少にゃい。もしかしたらクロマグロ並に出会うのは難しいかも知れにゃい。それが、こんな近所であのアホのラッキーがローストビーフを食っているとは、灯台もと暗しとはこの事にゃ。タロ、俺様はにゃ、なんとかしてあの家に取り入ってローストビーフを頂きたいにゃ。」
「ぉ…俺も頂きてえにゃ!で、ミケ、どうやってあの家に取り入るんだにゃ?」
「犬を飼っているって事はもふもふが好きな家なんだろうと推測できるにゃ。ラッキーがいる部屋はベランダがあるから、ここから攻略するにゃ。」
ネコたちは巧妙な作戦を立てた。ベランダに2匹で降りたち、人間にはわからないもふもふの言葉でラッキーを挑発してワンワンと言わせる。ワンワンと言えば家族の誰かが来る。そこで2匹はいつもの可愛いネコ座りで全力アピールし、人間に取り入ろうと言う作戦だ。
「にゃあミケ?ローストビーフまだあるかにゃ?」
「わからにゃい、しかしチワワごときにローストビーフをやろうと言う人間だにゃ、可愛いネコ様が目の前に現れれば、きっといいものを召し上がって頂こうとなるにゃ。仲良くしておくにこしたことはないにゃ。そうにゃ、タロ。オマエ、招きネコのポーズで行くにゃ。オマエはアホだけど、オマエの招きネコはなかなかサマになってるにゃ」
ミケに言われてタロはちょこんと座ると招きネコのポーズを取った。
「こうにゃ?こうにゃ?」
「おう、うまいうまいにゃ。左手をくいっくいっと人を呼ぶように動かすんだにゃ。そうそう、うまいにゃ。オマエの前世はきっと招きネコだにゃ。」
2匹はラッキーのいる部屋のベランダにさっと降り立つと、もふもふにしかわからない言葉でラッキーをののしりはじめた。
「おい、ラッキー!イヌの中でも一番チビで一番弱虫なラッキー!」
ラッキーはすぐに反応し、怒り始めた。
「なんだなんだノラネコどもめ!このラッキー様が弱虫だって!?勇敢なオオカミの血を引いたオレ様をつかまえて弱虫とは無礼なネコどもめ!」
ニヤリと笑みを浮かべた2匹はさらにラッキーをののしり始めた。
「まあオマエのそんな小さな体じゃ、勇敢にでもなったらすぐに別のイヌに噛み殺されちまうにゃぁ。なあタロ見ろよ、こんな小さくて情けないくせにイヌだってさー!生きててはずかしくにゃいのかにゃぁ?」
「おー、ミケの言う通りにゃ。あんまり小さいから、ハムスターかモルモットかと思ったにゃ。モルモットの方が体が大きいんじゃないかにゃ?あれがイヌだなんてウソだろぉ、ミケ?」
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!モルモットとはうまい事言うにゃタロ!確かにモルモットの方が大きいにゃ!じゃあラッキーはなんにゃ?本当にイヌなのかにゃ?」
ラッキーはもうカンカン。小さな体をぶるぶると震わせ、全身から大声のつもりでキャンキャンと2匹を威嚇した。
「おー、かわいいにゃ!あれが吠えてるつもりかにゃ?オレ様にはキャンとしか聞こえないにゃ。タロ、オマエはどうだ?」
「あれはイヌの吠え方じゃねーな、ちっとも怖くにゃい。おいラッキー、もっとちゃんと吠えてみろよ。」
ラッキーは悔しくて目から涙をこぼしながらも、必死にキャンキャンと吠えて2匹を威嚇した。しかしまるで効果はない。
「おいタロ、いい感じだぞ。そろそろ人間が来るから、オマエ招きネコしてろ。」
「ほいきたにゃ」
人間が現れたのは、まさにタロが招きネコのポーズを決めた時だった。
「あらあらあらあら、ラッキーちゃん、どうちたのぉ?そんなに吠えて、体までふるわせて…」
現れたのはこの家の奥さんだった。よく早朝にゴミを出しに来る様子をタロとミケは見ていた。
「あの奥さん、もふもふ好きだったんだにゃぁ」
ミケはつぶやくと、タロをちらっと見た。なかなかサマになったポーズで左手をあげ、手首でちょいちょいと人間を呼んでいる。すました顔もなかなかの役者っぷりだ。
「タロにはたまに変な才能があるんにゃねぇ」
ミケはタロに感心しながら、ラッキーに悪口を言い続けた。もちろん人間には「にゃぁ」としか聞こえないので、人間はなぜラッキーが怒っているのかわからない。
「あらあらあらあら、ラッキーちゃんってば。ネコちゃん嫌いなの?ほらほら、見てごらんなさい、かわいいネコちゃんたちよ?」
人間はラッキーを抱きかかえてあやしはじめた。それを聞いて2匹は思わず吹き出して笑ってしまった。
「ほれタロ、招き続けるにゃ!」
お腹を抱えながらミケが言うと、あわててタロはまた招きネコのポーズに直る。それがまたおかしくて、ミケはケラケラと笑いながら
「ラッキーちゃん、かわいいネコちゃんたちよ、そんなに怒っちゃダメにゃん」
と高い声でさらにラッキーをからかった。ラッキーは人間の腕の中でもまだ気が収まらず、体を震わせてキャンキャン吠えている。
「ラッキーちゃんてば!かわいいネコちゃんたちでしょ、いつからそんなに怒りん坊になったの!めーよ!」
ついに可哀想なラッキーは人間に怒られると、スネて人間から飛び降り、ベッドの隅で背中を向けてしまった。
「それにしてもかわいいネコちゃんね、まるで本物の招きネコが来たみたい、ねぇ何か食べる?ありあわせのものしかないけど…」
そう言うと人間は、何か食べ物を探しに奥へと歩いていった。
「しめた!タロ、成功にゃ!」
ミケはまだ招きネコを続けているタロを抱きかかえて頭を撫でてやった。
こうして2匹はローストビーフの切れ端を無事に頂き、陽の当たるベランダでたまに可哀想なラッキーをからかっては楽しむという素敵な午後を過ごしたのでしたにゃ。
「おいラッキー、これが現実にゃ、悔しければオマエもかしこく大きくなってみるにゃ!」
2025/1/16 みゆき・シェヘラザード・本城
あとがき
性悪ネコでもあるタロとミケを書いてみました。ラッキーちゃんは完全な被害者ですが、弱肉強食の厳しい世界を生き抜いたノラネコのたくましさにはちょっとかなわなかったようですね。