沖縄離島ひとり旅 scene7 〜縮まらない50センチの幅〜
【4日目:小浜島】
小浜に着いた。宿の従業員さんが迎えに来てくれていた。
もう1人従業員が来ると聞いて間も無くすると、真っ黒に焼けたシルヴェスター・スタローンと具志堅用高を足して2で割られたような男性が現れた。見た感じは50代後半から60代といったところだろうか。彼の名は山ちゃんという。
山ちゃんとLINE友達になる。
一通り、山ちゃんから宿の説明を受けた後、行きたい場所があれば周辺を車で案内するけどどーするかと聞かれた。非常にラッキーだ。黒島では昼間に自転車で外に出かけ、暑いわ目的地の店も遠いわ雌牛に鳴き叫ばれるわで散々だった。もう二度と昼間に自転車で外に出るまいぞと、腹をくくっていたところだ。私はありがたく山ちゃんに周辺をドライブしてもらうことになり、今から20分後に玄関前に集合することになる。
車は反射鏡のように見える絶景スポットを通り過ぎた。写真を撮りたいだろうと山ちゃんは車を停めてくれて、私は超絶綺麗な夕暮れの海を自分のiPhoneでカシャカシャ撮影しては喜んでいた。山ちゃんは「海を背景に撮ってあげるよ」と言ってくれたので私は遠慮なく自分のiPhoneを渡して何ショットか撮ってもらった。そして、今撮った写真を後で僕にもくれないかとお願いされる。
「ん?」と一瞬何かがひっかかった。
写真はどうやって送るんだろうと疑問だったが、適当に返事して次のスポットの展望台へ向かうべく私達はまた車に乗り込む。
展望台へ着く。
小浜島は八重山列島の石垣、竹富、西表、黒島、新城、波照間に囲まれていて、与那国は西表島で隠れてしまって見えないが、それ以外の島はこの展望台から見渡せるのだと山ちゃんは言う。さすが地元の人に案内してもらうとこういう話も聞けて面白い。
空も良い感じに水色とピンクのグラデーションなってきて、小浜の展望台から見える島々に心打たれていると、やまちゃんが私と一緒に写真を撮りたいと言い出した。そして自分のスマホにはセルフカメラ機能が無いから私のiPhoneで撮って後で送ってほしいとお願いされた。
私は、「ん?」とまた何かがひっかかる。
私達はセルフィー機能で何枚か撮影する。どーやって写真を送ったら良いかと山ちゃんに聞くとLINEを交換してくれと言うではないか。
宿の従業員から普通こんなこと言うことってあるのだろうか。
ゲストとの思い出写真が欲しいという気持ちは分からんでもない。妙に思ったが南国にはこういうフレンドリーな従業員もいるんだろうなと、私は山ちゃんのQRを読み込んでLINE友達となった。
ただなんとなく、先ほど撮ったツーショット写真はまだLINEで送らなかった。
茨城出身だった山ちゃん
車を走らせていると、助手席に乗っている私は道ゆく歩行者達とがやたら目が合うような気がした。それを悟ったのだろうか、山ちゃんが「またアイツ、女の人を車で連れまわしてるって思ってるんだろうね」と、モテ男のように発言する。
「島の人達はそういうことに敏感なんだよ。前にもアッシーと同じように1人で旅してた女の子を何人かいろんな場所に連れて行ってあげてたんだよ」 と続けた。そうか、山ちゃんはちょっとした女好きのホスピタリティ満載の島人なのだ。それならそうと、もうこの人は欧米人気質があるのだと思って相手のキャラを受け入れるしかない。
宿に戻るまでの車中、山ちゃんといろんな話をした。山ちゃんは今の宿は期間限定で働きに来ているらしく、あと2日もすれば今の宿を去るようだ。そして私が山ちゃんの最後のゲストなのだと言う。
今の宿を辞めた後はまた別の宿で働くのかと質問すると、山ちゃんは「茨城の実家に帰る」と言った。
こんなにも日に焼けて地元感満載の風貌なのに、山ちゃんは地元の島人ではなくまさかの茨城県出身だった。
山ちゃんがフレンドリーなのは、南国で生まれ育ったことによる影響かと思い込んでいた。島人だから誰にでも明るく陽気でフレンドリーで女好きで、というように勝手に思い込んでいたのだが、その考えがリンクしないことをたった今知らされたわけである。
山ちゃんは茨城県出身の婿養子で娘が2人いて、去年定年退職してから今は期間限定で小浜の宿に住みながら働いているのだと言った。
ということは、山ちゃんはもう60歳をすぎているということか。
「とにかく僕は接客が好きでね、人に何かをしてあげるのが楽しいんだよ。」とイキイキと話す山ちゃん。そうか、それならゲストとの記念の写真が欲しがるのも純粋な想いなのかもしれない。変に勘ぐって申し訳ないと思った。
いったん宿に戻った。私が自分の部屋に戻る時「また後で今日の写真送ってね」と山ちゃんは白い歯を見せて笑った。
縮まることのない、50センチの距離感。
夜になった。私は山ちゃんに星空の綺麗な場所へ連れて行ってもらう約束をしていたが、あまり気乗りがしなかった。黒島からこの小浜島へ移動し、昼は山ちゃんにいろんな絶景スポットへガイドしてもらい、展望台へ続く長い階段も登ってきた。もうこのままお風呂に入って部屋でゆっくりビールでも飲みたい気分だ。
それに、女好きの山ちゃんと夜に2人で出かけることも妙な胸騒ぎがする。
断ろうと思った。
「今日はもう疲れたから宿でゆっくりしたい」そう伝えようと階段を降りると、白いタオルをビシッと頭に巻いた山ちゃんが玄関で待ってくれていた。「じゃぁ行こうか!」と山ちゃんはコーラを手に取り、サンダルを履く。
なんとなく、断れなかった。
私達は、シュガーロードの方へ車で向かい停車した。周辺は明かりがなく草原だけが広がっている。向こうの方で、やたら爆音で流れているラジオ番組と、ときおり牛の鳴き声も聞こえてくる。私達以外は誰もいなかった。
山ちゃんは寝転んで星空を見上げられるように、2枚のダンボール紙を後部座席から出して歩道に並べて敷いてくれた。
「この2枚のシート、30センチ離しておくのがルールなんだよ、ははは!」と山ちゃんは笑いながらチラッとこちらの表情を伺ってきた。
「何言ってんだこのおっさん」と内心思いながら、私は山ちゃんと50センチの距離をとってダンボール紙の上に仰向けになった。
星空は、今夜も本当に綺麗だった。
波照間、黒島に続き、小浜でも美しい星空を見ることができた。今日も木星と土星、天の川銀河が見える。そして、生まれてはじめて「衛星」というものを肉眼で見た。飛行機はチカッチカッと光りながら移動するが、衛星は光を放ったり消えたりすることなく白い点がゆっくりと一直線に移動していく。
はじめは虫が飛んでいるのかと思ったが、「それは衛星だよ」と山ちゃんが教えてくれた。この夜、衛星を5〜6回は目撃した。
暗闇の中で山ちゃんが起き上がり「ちょっと手を出して」と山ちゃんが横から言ってきた。
いやな予感がした。
私が寝転びながら右手を差し出すと、山ちゃんは私の手のひらをマッサージしはじめる。
「優しい手をしているね」と言われたので「そう?ありがとう」と返したが、私は内心それ程ありがたくも思っていなかった。
しばらくマッサージが続くと、だんだん右腕の筋が痛くなってきた。これはまずい、右手は私にとって大事なもの。筋を痛めてしまっては仕事にさしつかえるではないか、それだけは困る!
「山ちゃんありがとう、もういいよ。」と言ってマッサージを止めてもらう。
運の助けのごとく、星空も曇ってきたので私達はそろそろ帰ることにした。
いや、このまま宿へ真っ直ぐ帰ると思っていたのは私だけだった。
隣の男性は、竹内涼真ではない。
私は車に乗って真っ直ぐ宿に帰るものと思っていたが、どうやら宿に戻らず周囲のいろんなスポットを巡ってガイドしてくれていることに途中から気付きはじめた。
こんな真っ暗闇の中を案内されて、何が分かるというのだろう。これはもはやゲストへのホスピタリティとは言えないのではないか。
これが、竹内涼真のように若い美男子だったら話は別だ。しかし紛れもなく横にいるのは自分の親と同じくらいの年齢で既婚者妻子持ちのおっさんで、真っ黒に焼けたシルヴェスター・スタローンと具志堅用高を足して2で割られたようなおっさんだ。
ロマンスなんて生まれっこないし望みもしない。
心なしか、山ちゃんが運転席から左肩を私の方へ寄せてきているような気がした。
なんかやけに近いな。
私は星空を見上げるふりをして窓側に身を寄せて山ちゃんから更に距離をとった。
「アッシーは線を引くのがうまいよね」と山ちゃん。
「さっきのマッサージといい今の言動といい、なんなんだこのおっさん。」と多少の苛立ちはあったものの言葉には出していない。私は「そうね、よく言われる」と小生意気な口調で返事した。
その後も、どこかの高級リゾートホテルの敷地内へ入ってラグジュアリーな世界を見せてくれたり、朝日を見るならここがおすすめだよと、山ちゃんによる真夜中のガイドは続いた。
土地感の無い島で、次から次へと意図しない場所へ連れられていく。街灯もほぼ無いに等しい真っ暗闇の中、一体この車はどこへ向かってるんだろう。
早く帰りたいという苛立ちに加え、途中から恐怖を感じてきた。
もしもこの隣にいる男が、ただのド変態野郎だったら‥。
急に天候が悪くなり、さっきまであんなに星が見えていたというのにたちまち土砂降りの雨になった。
「雨が、帰らんとってって言ってるのかな〜」と山ちゃんが笑いながら冗談を言ってきた。
その一言で、私の中で何かがプツッと途切れた。もう限界だ、もう帰りたい。
「え?この車、宿に帰ってないの?」
と私は言い、山ちゃんに宿へ戻るよう(やんわり)促した。
バカバカしさが心地よい、大阪との中継。
夜中の10:00すぎ、ようやく私は解放された。山ちゃんとの星空ツアーと真夜中のドライブは2時間くらい続いただろうか。私は宿に着いてからお風呂に入り、自分の部屋でブログを書きはじめた。夜ご飯をまだ食べていなかったことを思い出し、私は自分の部屋で小浜に来る前に石垣港で買ったスパムおにぎりを食べ、オリオンビールをひと缶開けた。
安心する。ようやく、1人になれた。
今日は、黒島でスマホを無くしたり山ちゃんに距離を縮められようとしたり、マッサージされて腕の筋を痛めたり、いろいろあって大変な1日だった。
iPhoneを見ると、大阪の飲み仲間とのグループLINEの通知が何件か出ていた。この日、ある人の家で10人前後によるちゃんこ鍋パーティーが繰り広げられていた。慣れ親しんだ人達の名前とメッセージがiPhoneの小さな画面の中で飛び交う。
ある男性メンバーが鼻の穴に何かを詰めている妙な写真がアップされたので、「どういう状況なのか誰か教えてほしい」と、その場にいない私も興味本位でLINEのやり取りに入ってみる。
すると別の人が動画をアップしてくれた。
その動画を再生してみると、どうやら何かのバツゲームでその男性が鼻毛を一気に何本も抜くことになったらしく、そのために何かの仕掛けを鼻の穴に突っ込んでいた、という事の経緯が分かった。
めちゃくちゃバカバカしい。
わざわざお願いして、動画を見て確認した私までバカ者みたいだ。
でもそのくだらなさ、バカバカしさが心地よいのはなぜか。
しばらくするとiPhoneの着信が鳴り、冷製ちゃんこ鍋パーティーに参加している1人のメンバーからLINEのテレビ電話中継が入った。
「今すっぴんだから顔が映るのは困る」と、私は自分の顔が入らぬようiPhoneのカメラを天井の方へ向ける。私は鼻毛抜きの一連の流れをこと細かに口頭でも聞かされる。
私は私で面白い旅の中継を何一つできず、退屈に思われたのか沖縄と大阪をつなぐ電波はあっけなくプツッと切られてしまった。 なんだったんだ、一体。
私はみんなのことをぼんやり思いながら電気を消して寝床に着いた。
少しの間だけみんなの顔が見れて、聞き慣れた声も聞けて、妙に安心した。
1人を好む生き物
朝の8時、下に降りると食堂に私の朝食が用意されていた。私がテーブルにつくと、山ちゃんがお味噌汁や冷たいサンピン茶を出してくれた。
「昨日の星空は綺麗だったね、最高の夜だったね」と満面の笑みを見せる山ちゃん。「昨日撮った写真、また後で送ってね」と決まり文句のように言い残して山ちゃんは台所へと去っていった。
私は朝食を食べ始める。今日は昼から小浜を出て次の竹富島へ向かう予定だ。
しばらくすると、山ちゃんが来て「チェックアウトは9:00だけど、11:00くらいまで延ばしてくれてもいいよ」と言ってくれた。
なるべく早く私は次の島へ移動したかった。しかしながら、小浜から竹富への直通便は限りがあり、昼過ぎまで待たなくてはいけない。チェックアウトした後、船が来る時間までこの食堂にいさせてほしいと伝えた。
山ちゃんは快く了承してくれて「もしかしたら、内緒の話は電話かけるかもしれないからね。」と言ってきた。
「内緒の話?」
私の電話番号は宿を予約する際に伝えいてた。港から宿への送迎をお願いする際も私の携帯からかけていた。だから山ちゃんが私の番号を知っていて当然なのだが、内緒の話とはなんだろうか。特に内緒にしておくようなこともないし、何か伝えたいことがあればここで言えばいいじゃないか。
どういう意味なのか、状況をうまく読み込めないでいた。
私は朝食を食べ終え、さっさと自分の部屋に戻る。
自分の部屋のチェックアウトを済ませ、その後は食堂に移動してブログを書くことにした。時々山ちゃんが「仕事してるの?」と覗きにきては「また写真送ってね」と言い残して去っていく。その後も、このやり取りが3〜4回ほど続いた。
もう、頼むからそっとしておいてほしい。
港に向かう時間が迫ってきた。そろそろ車に乗らないといけない時間だというのに、山ちゃんは最後に一緒に記念写真を撮りたいと言い出した。私は背負いかけたリュックを下ろすでもなく、自分のiPhoneをもう1人の従業員の人に渡して私達は宿の庭で横に並んで写真を撮ってもらった。
「また写真送ってね」ともはや口癖のように山ちゃんは言うが、たぶん私は写真を送ることは無いだろう。
ひとり旅をする者は、やはりどこか距離を置きたがる習性があるのだろうか。それとも、単なる私の性格上によるものなのだろうか。
いずれにせよ、今回の小浜での滞在で気付いたことがある。
それは、自分が思っている以上に私は1人でいることが好きなんだということ。誰かと一緒にいるのももちろん好きだけど、でもそれと同じくらい1人でいる時間がないと私はダメな生き物のようだ。
小浜は良い島だった。良い島だったし素敵な宿だった。
しかし、なぜか無性に疲れてしまった。旅も中盤、疲れが出てくるのも致し方無いのかもしれない。