『サバイブ』#4
輸送中の犯人に逃走されることは、もうそれだけで大問題である。
例えそれが軽度の犯罪であろうと、犯罪者を逃がしてしまうなんてことは、担当者の恥なのだ。
担当者、ひいては担当組織の面目を潰すことである。
ましてやそれが、銀行強盗事件にまで発展するとなると、夢にも思わなかっただろう。
担当者のクビだけでは済まないかもしれないな。
片手に持った銃を所在なさげに揺らす男を眺めて、そんなことを思う。
それどころではないのはわかっているのだけど、いかんせん、現実味がない。
ケイジさんの指示でここに来て、銀行強盗に巻き込まれる。座っているだけで次々と事件が起きていく。
さすがに偶然と思い込むほど能天気ではない。
ケイジさんはここに逃走犯が来ることを読んでいた。だとしたら、強盗として来ることも読んでいたんだろうか。
ケイジさんの思惑が読めない。
犯人の思考を読むことに長けたケイジさんは、この先も見通しているはずだ。
イヤホンに搭載されたモニターの機能を通して、俺の見ているものと同じものを見ている。少なくともこの銀行内の犯人の姿は俺の目を通して見ているはずだ。
どうしてケイジさんには先が見えている。
椅子からじっと様子を伺っていると、しばらく静かだったイヤホンの奥から何やらカチャカチャと音がした。
「あれ、まだこんな感じ?」
ケイジさんから俺の見ている視界が見えるのに対して、俺からはケイジさんの視界は見えない。
それでも先程からの沈黙は離席していたのだと、漏れ聞こえる食器の音から察せられた。
『何してんですか』
「え、お茶の用意だけど」
『はあ?』
まさか口で喋るわけにはいかないから、電波を流してやり取りを行う。
多少なりとも集中力を要するやり取りだけれど、場にそぐわないケイジさんの応答に思わず無意味な言葉を発してしまう。
「時間かかると思って。どっちみちしばらく静かにしてなくちゃいけないしね」
『にしても、なんなんですか、お茶って。あんた普段コーヒーなんか飲まないでしょ。コーヒー飲めないじゃないですか』
「うん。だから紅茶用意してきた。コウさんにも後で淹れてあげるよ」
紅茶だって普段飲まないだろ。
変わらずゆるいケイジさんの行動に天を仰ぐ。
銀行強盗が予想出来ている中で、優雅に紅茶を飲むってどんな神経してんだよ。
目の前では銃を振りかざす男と、突然のことにただ怯える客たち。
まさにテレビで見たような光景だ。
まさかこんな場面に出くわすなんて思いもしなかった。
そしてイヤホンの向こうでは似つかわしくないティータイム。
目に見えているものが嘘なのか、聞こえているものが本当なのか。世界は不思議に、対極のものが隣合わせになっていることが往々にしてあるものである。
それで、この後はどうするか。
銀行内にいる四人と、銃を掲げる男、もとい逃走犯。
一箇所に集められたものの、手足を拘束されているわけじゃない。
しかし逃げようにも入口は内側からロックがかかっている。ロックを操作するには犯人が位置取るPCの画面まで行かないといけない。そしてそれはおそらくひたすらに眉を下げているあの男性行員にしか出来ない。彼が操作するのを、犯人が場所を空けて黙って見ているなんてことは有り得ないだろう。
だからといって素手で立ち向かうのは無謀だ。仮に犯人を抑えられたとしても、他の誰かに暴発して被害が出ることは避けたい。
さて、どうするか。
ケイジさんから指示を仰ごうかと思ったところで、場が動いた。
犯人が要望を出したのである。
つづく