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『サバイブ#2』

飛び出してとりあえずは逃走現場に向かいながら、
耳に手を当ててイヤホンを起動させる。

「聞こえるかーい」

今さっきぶりのケイジさんの声がダイレクトに耳に入る。
それと、キーボードを叩く音。

「とりあえず、そっちにデータ送るよ」

タイムラグなく、視界の半分に先程見た犯人の姿が映される。

「アルクバイヤさん。男性。独身。まだ若いね、26だって。罪状は窃盗。現行犯で初回逮捕だけど、同じ手口が続いてたんで余罪を調査中。そこ、右」

「はい」

音声に従いながら、犯人の姿を探して足を進める。

「うーん、経歴を見ると至って普通。素行も良好。大人しいけど一つのものに熱中するタイプみたいだ。ある時から空き巣や、金庫破りに手を出してるから、鍵開けが楽しくなっちゃったのかもね」

「かもね、で犯罪者になられても困りますよ」

「そうだねー」

熱中するのはいい事だけどね。

どこまでもゆるりとしたケイジさんに緊張感すら無くしてしまう。

犯人を追っている最中だというのに。

「で、窃盗が見つかって、なんでまた逃げるんですか。初回ならすぐ出てこれるでしょうに」

「いやあ、そういうことじゃないんじゃない。あ、止まって。そこ曲がってまっすぐね」

信号を待っている間にポケットに手を突っ込んで、ゼリーの存在を思い出した。

たしかに今朝から何も食べていなかった。
蓋を開けて吸い込みながら、俺も大概緊張感がないと自覚する。


終わったら何を食べよう。

「たぶん、たぶんだけど、今回の犯人は、窃盗がしたいんじゃないと思うよ」

「はぁ」

犯人確保も仕事にしている俺たちは、分業がはっきりしている。
分業というか、適材適所というやつだ。

俺は体力。主に脚力。
現場で動く。

ケイジさんはシュミレーター。
現場で動く俺に、データの面から指示を出す。

だけど、ケイジさんの優れているのはそこよりも、犯人の思考を読み取る能力だ。

決して歪んだ精神ではないのに、犯人の意図を読み取る能力に長けている。
もはや才能といっていい。

結末だけを聞いた人は、ケイジさんが詐欺師か何かじゃないかと怪しむ人までいる。

それほどに、一見繋がらない糸を手繰り寄せるのが上手いのだ。

「窃盗犯が窃盗目的じゃないっていうのは、どういうことなんですか? 金銭じゃなくて、鍵開けが目的ってこと?」

「うん。むしろ鍵開けすら目的じゃないかも。たぶん、予想して行動して実現するっていう、達成感を欲してるんじゃないかな」

達成感のために窃盗。

なにも犯罪じゃなくてもいいだろう。

「うん。でも、達成感とかそういうのって、無意識に近いじゃない。そこにたまたま、鍵開けの熱中趣味があったら、まあ窃盗になってもそこまで変ではないんじゃない」

「普通は鍵開けの趣味はないですよ」

「鍵屋さんとか。医者も手先の集中力アップに練習するって聞いた事あるよ」

「なるほど」

たしかに鍵開け自体は罪ではない。

人のものでなければ。

ただデータを眺めて、この短時間でよくそこまで思考が追いつくものだ。


多少データを読み込む時間が違うとしても、そんな読み取りは、俺には無理だ。

犯人の思考を汲み取れるのならば、共感も出来るんじゃないのか。

もう何度目かの率直な疑問。

なぜこの人は悪に染まらないのか。

常々疑問にすら思う。

「それで、これはどこに向かってるんですか?」

大通りから逸れない道筋に違和感を覚えて問いかける。

普通、逃走した犯人は見つかるリスクを避けるために、裏道を使うんじゃないのか?

「路地にも入ったんだけど、そっちの方に向かってるんだよね。ショートカット」

「ショートカット」

「あ、見つけた。今はスーパーにいるや」

「スーパー?」

まだ署に運ばれる前、つまりはまだ顔認証登録のされていない犯人を探し出す早さはさすがだ。
プロフィールにあった写真から身体的特徴を割り出して、ケイジさんのネットワークに差し込む。

だけれど聞こえた言葉に首を傾げる。

ここら辺でスーパーといえば、通りの向こう側だ。

行き先の指示を誤るなんて、珍しい。

反転しようとすると、停止の指示がかかった。

「たぶん銀行に行くと思うんだよね。だから先に行っててよ。」

「はあ」

「捕まえる時はスピード勝負になるから、ゼリーでも食べておいて。水もちゃんと飲んでね。今日熱いから」

「はあ」

悠長だなあ。

窃盗とはいえ、逃走犯を捕まえる時に。

ゼリーを飲み干し、水を一口飲んでから、銀行の自動扉をくぐる。

冷房に冷やされながら、座っていると、多少の睡魔がやってきた。

「おーい。寝ちゃだめだよ。仕事中」

「起きてますよ」

「あ、そう? じゃあそこに何人いるか教えてくれる?」

男性行員が一人。中年女性が二人に中年男性が一人、年配夫婦が一組。

さすがに一人で喋り続けるわけにもいかないので
音波をイヤホンへ送る。
それをケイジさんが受信して文字になるという仕組みだ。

『あ、年配夫婦が帰りました。俺除いて四人です』

「ああ、お客さんは少なめだね。良かった」

『よくはないでしょう』

商売として。
行員は隅で笑みを浮かべているだけだけれど、はたしてそれで経営は回るのか。

どうでもいいことを心配しだして、頭をふる。
我がことながら何やってるんだろう。

それにしても、スーパーに行ってから銀行へ向かうなんてこと、普通あるのか?

銀行に行って現金をおろしてからスーパーなら、
わからなくもないけれど。

『ケイジさん、これって、』

「そろそろ。コウさん、頑張って」

『は?』

どことなくにこやかなケイジさんの声に眉を寄せると、突然に破裂音が響いた。

聞き慣れない音に、店内の人が音の出処を探す。

すぐに入口に視線が集まった。

『うそでしょ』

さすがに嘘であってくれ。

そこにはマスクをかぶり、銃を掲げた男がいた。

外は晴れた昼下がり。

似つかわしくない眼前の景色に目眩がする。

つづく

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