『バラックシップ流離譚』 見習い魔女さんはトカゲ男に恋をする・4
違和感
緊急事態です。
ザーフィ君が。ザーフィ君のようすが。
なんだかおかしいのです。
具体的になにかある、というのではないのですが、私にはわかります。
これは女の勘……いいえ、それよりももっと特別な、恋人ゆえの直感というものでしょう。
表面上、彼はいつもどおりにふるまっていますし、私への気遣い、優しいところなんかも変わっていません。
でも、そこが逆にひっかかるというか……。
ようするに、変わらなすぎるんです。
恋人がお互いに向ける気持ちというものは、冷めるにせよ深まるにせよ、日々変化していくものでしょう?
あるいは、これが世に言う倦怠期――などと思ったりもしましたが、いくらなんでも早すぎます。
こういってはなんですが、私とザーフィ君ではあまりにもちがうところが多いので、毎日が驚きの連続なのです。
なので、飽きるヒマなどありません!
今日だって、脇の下近くの鱗の一枚に、彼も知らない模様があるのを発見しましたし(黒い斑点が重なってワンちゃんっぽいんです!)、脱皮の周期と温度や湿度との関係なんかは、まだまだ研究の余地がいっぱいあります。
……って、話がそれましたね。
つまりこういうことです。
ザーフィ君は、意図的にそうしている。
自覚をもっていつもどおりにふるまい、私との距離を一定に保とうとしている。
では、なぜ?
なぜそんなことをする必要が?
直接訊いてもいいのですが、正直に答えてくれるとは限りませんし、かえって態度を頑なにさせてしまう危険もあります。
なので、まずは下調べをば。
付き合いはじめる前、数カ月にわたってザーフィ君を監視、もとい視姦、じゃなくて観察し続けた私です。気づかれないようあとをつけるくらい、お茶の子さいさいなのであります。
彼が動きやすいよう、あらかじめこの日とこの日は来られない旨を伝え、糸を垂らした釣り人気分で待ちます。
愛する人に会えないことで、私が寂しくなるのではとご心配される向きもありましょうが、これはこれで愉しいものです。
私がいないと思って油断しきっているザーフィ君のレア可愛い仕草のあれこれだったり、さすがにちょっといけないことをしているというドキドキだったり……。
そんなこんなで三回目の観察日。
ついにザーフィ君が動きました!
部屋の見えないところに貼った遠聴の護符で、その日誰かと会う約束をしていることはわかっていました。
さすがの私も常に彼を観察しているわけにはいきませんし、会う人すべての会話を聞き漏らさずにいる、などということもできませんから、たまたま「其うダ、明日ハ彼女らト会う日だっタ」という呟きが耳に入ったのはラッキーだったといえます。
生物の知覚を阻害する魔法を自分にかけ、自宅を出たザーフィ君の後方約十メートルにぴたりとつけます。
これで尾行に気づけるのは、よほどの達人か、変態レベルで勘のいい人くらいでしょう。
さてさて。今日はいったいどんな秘密を暴かせてくれるのかな?
ウキウキ探偵気分であとをついていくと、ザーフィ君は私とのデートでもよくいく繁華街に入っていきました。
そんなところで密会?
まったく。知り合いに見られでもしたら、どうするつもりなのかしら。脇が甘々すぎて、逆に心配になってきちゃうじゃないですか!
見慣れた通り。馴染みのお店。
逆に私に気づいた知り合いに声をかけられやしないかとドキドキします。
まあ、そのための知覚阻害魔法なんですけどね。
で、どうやらザーフィ君は目的地に着いたようです。
そこは、まだデートで使ったことはないけれど、私もよくいくカフェでした。